中国弁護士 陳 傑
北京魏啓学法律事務所

はじめに

現代社会において、人材の流動化は不可避であるが、積極的な人材の流動化は技術の交流・融合と発展に寄与し、科学技術の発展と産業の高度化を促進するため、積極的な社会的意義を有している。一方、人材の流動化は人材の流出だけでなく、営業秘密の漏洩につながるおそれもあるため、企業経営にとって深刻なリスクとなり得る。実際に、営業秘密侵害事件の大半は、離職する社員と密接な関係がある。従業員が転職した後、秘密保持義務に違反し、元就職先で知り得た営業秘密を転勤先(以下、「新しい就職先」という。)に漏らし、新しい就職先がこの秘密情報を用いて競合品を製造することで、元就職先の市場地位や経済的利益に深刻な悪影響を与えることがしばしばある。さらに、新しい就職先が関連技術を特許出願することも珍しくない。このような問題があった場合、元就職先としては、自身の適法な権利及び利益を守るために、元従業員及び新しい就職先に対して、法的手段を活用して営業秘密侵害に係る責任を問うとともに、新しい就職先により出願された特許については、所有権確認訴訟を提起することにより、権利帰属の確認を求めることができる。しかし、営業秘密侵害紛争であれ、特許の権利帰属紛争であれ、証拠の収集や法律の適用などについて、通常の知的財産権侵害紛争よりもはるかに複雑である。営業秘密侵害と特許の権利帰属紛争の両方に関わる場合、さらに複雑になることはいうまでもない。本稿では、読者の参考のために、全体の対応戦略の策定に影響を及ぼす可能性のあるいくつかの問題について分析していく。

1. 達成可能な目的

(1) 営業秘密侵害訴訟


営業秘密侵害訴訟の目的は主に営業秘密の独占性を保護するためである。原告は訴訟を通じて、営業秘密が不法に取得、開示または使用されないように被告の侵害行為を阻止し、法的救済を求めることができる。この訴訟の結果としては、被告による営業秘密の継続的な使用又は開示に対する差止命令や、侵害行為による原告の損害の賠償が挙げられる。一方、営業秘密侵害に関わって出願された特許については、その帰属を直接判断することはできない。

例えば、中国において「新エネルギー自動車ノウハウ侵害第一大事件」とも呼ばれる、自動車のシャーシに関して吉利社が威馬社を訴えたノウハウ侵害事件【(2023)最高法知民終1590号)】は、2024年6月に二審判決が出た。その二審判決によれば、中国最高裁判所(以下、「中国最高裁」という。)は、「威馬社側は、吉利社側の本件ノウハウ全体を不正な手段で取得する行為を実施しただけでなく、実用新案出願を行うことにより本件ノウハウの一部を不法に開示する行為と、本件ノウハウ全体を用いて威馬EXシリーズモデル(EX5、EX6、E5を含む)電気自動車のシャーシ及びシャーシ部品を製造する行為とも実施した。威馬社らのこのような行為は、吉利社側の本件ノウハウへの侵害に該当する」と判断した上で、威馬社側の4社に対して以下のことを命じた。

①吉利社側の本件ノウハウの開示、使用、他人への使用許諾を直ちに停止すること(本件ノウハウが公知になる日まで停止する)。

②本件ノウハウを使用した自動車のシャーシ及びシャーシ部品等の製品の製造を停止し、本件ノウハウを使用して製造された自動車のシャーシ及びシャーシ部品等の製品の販売を停止すること。

③自らの実施、他人への使用許諾、譲渡をしないこと及び質権設定やその他の方法で本件に係る実用新案権12件を処分しないこと(その他の方法としては、期限通りに維持年金を全額納付しないことや、特許無効審判請求に積極的に対応しないなどの方法で悪意を持って特許権を放棄することが挙げられる)。

④判決に規定する履行期間内に、裁判所の監視または本件ノウハウ権利者の立会いの下で、威馬社側の4社、関連会社及びすべての在職中又は離職済の従業員、及び威馬EXシリーズモデルの電気自動車用シャーシ及びシャーシ部品のサプライヤーが保有・支配しているすべての本件ノウハウに係る図面、デジタルモデル及びその他の技術資料を廃棄するか、または本件ノウハウの権利者に移管すること。

⑤威馬社側の4社の株主、取締役、監査役、高級管理職、すべての従業員と子会社、支社、その他の出資関係のある関連会社及び威馬EXシリーズモデルの電気自動車用シャーシ及びシャーシ部品のサプライヤーに通知すること。

上記判決からすれば、裁判所は、それらの実用新案の出願が営業秘密侵害に該当すると認定していても、本件訴訟の請求には権利帰属の確認が含まれていないため、裁判所はそれらの実用新案の権利帰属を直接判断することが相当ではないと考えているようで、かかる実用新案の実施、処分を禁止する旨の判決を下した。

一方、上記侵害差止に関する判決内容に加え、中国最高裁は威馬社側の侵害の事実に基づいて、本件の懲罰的損害賠償の算定のベース及び最終的な賠償額を算定した。二審判決によれば、中国最高裁は、吉利社側の経済的損失637,596,249.6人民元と、吉利社側が侵害行為を差し止めるために支払った合理的支出5,000,000人民元との加算を賠償額とし、威馬社らが合計で約6億4千300万人民元の賠償金を支払うと判断した。このように、営業秘密侵害の差し止めと損害賠償金の取得は、営業秘密侵害訴訟により達成できる2つの重要な目的である。

(2) 特許の権利帰属紛争訴訟

特許(実用新案・意匠)の権利帰属紛争訴訟の本質は、特許に係る技術的成果の所有権の確認である。訴訟を通じて、裁判所は関連法律法規と事実証拠に基づいて、特許を受ける権利または特許権の帰属について判断を行う。権利帰属紛争に係る訴訟の結果としては、権利の帰属の明確化と、被告に対する移転登録手続への協力命令などはあり得るが、営業秘密侵害に係る責任の追及は難しく、真の適法な権利者が被った損害や合理的支出の賠償を直接請求することも難しい。

例えば、(2023)最高法知民終347号事案の一審においては、一審裁判所は、被告が意図的に冒認出願を行って本件特許を取得したという事実を認め、「本件特許権は原告の所有とし、被告は、特許権の移転登録手続きに協力し、原告が本件権利を保護するために支払った合理的支出を負担する」旨の判決を言い渡した。一方、二審においては、中国最高裁も「本件特許は彭某林、熊某が某甲社で従事していた仕事に関わるものであり、且つ某甲社から離職後の1年以内にできたものであるため、某甲社の職務発明に該当し、本件特許権は某甲社に帰属すべきである。」と判断したが、「本件は侵害紛争ではなく、特許権の権利帰属紛争であり、現行の法律と司法解釈には、権利帰属紛争における勝訴側の所有権確認のための合理的支出は敗訴側が負担するという明確な規定はなく、当事者間にもこのような約束がないため、某甲社が本件で主張した所有権確認のための合理的支出は法的根拠を欠く。」として、権利帰属の認定と移転登録手続きへの協力に関する判決内容を維持したものの、原告の訴訟費用を被告に負担させる旨の判決内容を取り消した。

2. 事実と法的根拠

(1) 営業秘密侵害の事実と法的根拠


中国不正競争防止法第9条は営業秘密侵害の違法行為及びそれに対応する民事・行政責任を規定しており、中国刑法は営業秘密を深刻に侵害した場合の刑事責任をさらに規定している。

営業秘密侵害は通常、以下の事実に関わる。

①権利者は営業秘密を有している。営業秘密としては、通常、技術上の情報と営業上の情報が挙げられ、これらの情報は事業活動に有用で、かつ公然と知られていないものであり、権利者がこれらの情報を保護するために、一連の秘密管理措置を取っている。つまり、有用性、非公知性及び秘密管理性という3つの要件を満たさなければならない。

②侵害者は侵害行為を実施した。中国不正競争防止法第9条の規定によれば、侵害行為としては、侵害者が不正な手段(例えば、窃盗、賄賂、詐欺、脅迫、電子的侵入など)により権利者の営業秘密を取得することや、秘密保持義務や権利者の営業秘密保持に関する要請に違反して、把握した営業秘密を開示、使用したり、他人に使用させたりすることなどが挙げられる。許可なく特許出願する行為も、権利者の意志に反する営業秘密の公開につながるため、侵害行為に該当する。

③損害をもたらした。侵害者の行為は通常、権利者に営業秘密の価値の喪失、市場シェアの縮小、販売収入の減少などの経済的損失をもたらす。

営業秘密侵害紛争において、権利者は、上記の3つの事実を証明する必要がある。一方、侵害行為の秘匿性に鑑み、司法実務において、通常、「接触+類似」により侵害の事実を推定する。裁判所が侵害者の所在地に対して、事前通知せずに調査して証拠保全を行う方法も、営業秘密侵害訴訟においてよく使用される手段である。

例えば、弊所が原告の代理人を担当した(2024)川知民終108号営業秘密侵害紛争事件において、弊所はまず、「接触(被告のエンジニアは原告の元従業員であり、本件ノウハウに係る図面の閲覧記録がある)+類似(被告が公に宣伝した製品の技術と原告の技術は同じ種別である)」に関する一応の証明を裁判所に示した上で、証拠保全申立を行った。裁判所は被告の工場で被告が使用した技術図面を保全した。対比分析を行った結果、これらの技術図面が原告の本件ノウハウに係る図面と実質的同一であることを確認した。最終的に、一審及び二審の裁判所はいずれも弊所の主張を認め、営業秘密侵害に該当すると判断した。

(2) 特許の権利帰属紛争の事実と法的根拠

特許の権利帰属紛争には主として、職務発明に関する紛争と、契約違反や権利侵害に関する紛争がある。司法実務において、職務発明に関する特許の権利帰属紛争の方がより多い。

① 職務発明に係る特許の権利帰属紛争

中国特許法第6条の規定によると、職務発明について特許を受ける権利はその機関・組織に帰属する。中国特許法実施細則第13条は、「中国特許法第6条にいう、所属機関・組織の任務の遂行において完成させた職務発明とは、以下のものをいう。(1)本来の職務においてできた発明・創作。(2)所属機関・組織から与えられた本来の職務以外の任務の遂行においてできた発明・創作。(3)定年退職、元就職先から転職又は労働や人事関係の終了から1年以内にできたものであって、元就職先において担当していた本来の職務又は元就職先から与えられた任務と関係のある発明・創作。」とさらに規定しており、そのうち、転職後の従業員による特許の権利帰属紛争は、通常上記(3)の事由に関連している。

『中国最高裁判所知的財産法廷裁判要旨(2020)』に掲載された権利帰属紛争事件【(2019)最高法知民終799号】は、深セン市理邦精密儀器股分有限公司と広州万孚生物技術股分有限公司らが、特許を受ける権利について争った判例である。この判例において、中国最高裁は上記条項を4つの適用要件として整理した。すなわち、「①発明・創作を完成させた発明者は権利を主張する元就職先の従業員であった、②当該従業員は発明・創作の実質的な特徴に創作的な貢献をした、③発明・創作は従業員が転職してから1年以内にできたものである、④発明・創作の内容は、当該従業員が元就職先において担当していた本来の職務又は元就職先から与えられた任務と関係がある。」という4つである。

これらの要件のうち、最も重要なものは4番目の要件である。この要件について、深セン市衛某科技有限公司と李堅毅、深セン市遠某智能設備有限公司との特許の権利帰属紛争事件【第158号指導事例(2019)最高法民申6342号】では、中国最高裁は、本件発明が中国特許法実施細則(2010年改正)第12条第1項第(3)号に規定する「関係のある発明・創作」に該当するか否かの判断にあたり、「元就職先、離職した従業員及び離職した従業員の新しい就職先間の利益のバランスを重視し、以下の要素を総合的に考慮しなければならない。」とした。中国最高裁が判示した考慮要素は以下の4つである。

①転職従業員が元就職先において担当していた本来の職務又は元就職先から与えられた任務の具体的な内容(職責、権限、接触・支配・取得可能な本件特許に係る技術情報など)。

②本件特許の具体的な状況(技術の分野、解決しようとする課題、発明の目的と効果、クレーム範囲、公知技術に比べる本件特許の「実質的な特徴」など)、及び、本件特許と本来の職務または元就職先から与えられた任務との相互関係。

③元就職先が本件特許に関する技術研究開発活動を行ったか、または関連技術について適法なな出所を有するか。

④権利者、発明者は本件特許の研究開発の経過や技術の出所について合理的に説明することができるか(関連要素としては、本件特許の発明の複雑さ、必要な研究開発の投資、及び権利者、発明者がそれ相応の知識、経験、スキルまたは物質的・技術的条件を有するか、関連研究開発活動を行ったことを示す証拠があるか、などが挙げられる)。

職務発明に関する特許の権利帰属紛争において、上記の要件は権利者が証明しなければならないポイントである。例えば、弊所が原告の代理人を担当した(2022)粤73知民初335~337号のシリーズ紛争事件において、当方は労働契約書、人事評価報告、作業週報、元就職先とのやり取りメール及びその添付書類の技術資料などの多数の証拠を提出し、転職した従業員が元就職先において担当していた本来の職務と本件特許とは密接な関連性があることを証明した。一審裁判所は当方の主張を認め、本件特許出願が職務発明に該当し、元就職先に帰属するものと判断した。本事件は現在、二審中である。

② 契約違反又は権利侵害に係る権利帰属紛争

このような事案において、本件特許の出願が契約の規定に違反していること、または適法な権利・利益(通常は営業秘密)を侵害していることを証明する必要がある。すなわち、このような事案において証明すべき要件は、上述した営業秘密侵害紛争の場合とほぼ同じである。この場合、侵害行為に係る特許出願行為及び特許出願の発明はすでに公開されているため、他の営業秘密侵害紛争に比べて侵害行為に対する立証の難しさは低くなる。

例えば、(2020)最高法知民終902号事件では、中国最高裁は、「本件において、VMI社が先行ノウハウを保有していることを立証し、薩馳社が本件特許の出願前にVMI社の先行ノウハウに接触する機会とルートがあること、薩馳社が出願して権利を取得した本件特許の発明とVMI社の先行ノウハウが実質的に同一であり、VMI社の先行ノウハウが本件特許の発明の実質的な部分を構成していることを証明した。これを背景に、薩馳社は本件特許の発明を独自で開発したと主張しているが、一審で提出したいわゆる開発証拠はその主張を証明するのに不十分であるため、当裁判所は薩馳社のこの主張を採用しない。また、当裁判所の二審審理中に、VMI社は薩馳社が本件ノウハウに接触し得ることや実際に接触したなどの事実をさらに立証したのに対して、薩馳社は独自開発の主張についてさらに立証しなかった。したがって、本件特許について、法律に基づいて権利を所有するとした薩馳社の抗弁の主張は、事実的根拠と法的根拠を欠いている。以上を踏まえ、双方の立証及び当裁判所が明らかにした事実に基づいて、薩馳社がVMI社の先行ノウハウを不正な手段で取得し、本件特許の出願を行って権利を取得した事実を認定することができる。したがって、本件特許権はVMI社の所有とする。」と判示した。

3. 営業秘密侵害訴訟と特許の権利帰属紛争訴訟の法的手続き

(1) 併合審理の可能性及び提訴の優先順位


前述したように、営業秘密侵害訴訟と特許の権利帰属紛争訴訟とで達成可能な訴訟結果は相違している。「一括解決のために、営業秘密侵害と権利帰属の確認を一事案として同時に主張することができるか」ということについては、営業秘密侵害紛争と特許の権利帰属紛争は2つの事由となるため、通常、提訴の際に別々の事案として提訴するよう裁判所に求められる。一方、(2019)最高法知民終672号事件の二審裁定書において、中国最高裁は、ノウハウ侵害紛争と特許の権利帰属紛争とは、主要事実の重複度が高く、裁判結果に相互な関連性及び密接な関係がある場合、2つの訴訟を1つに併合して審理することができるという方針を示した。中国最高裁はこの点について次のように説明した。

①当事者の訴訟上の請求が2つの異なる法律関係にかかわり、かついずれも係争上の法律関係である場合、事案の併合により、2つの法律関係を1つの事案に併合して審理することができる。

②係争に係る2つの異なる法律関係を1つの事案に併合して審理することは法律に禁止されていない。また、特定の場合に、同一の事実やその他の原因により密接な関係を有する別々の法律関係を1つの訴訟で解決することは、事件の事実を明らかにし、法律責任を明確にし、裁判の抵触を回避する観点から有利であり、当事者の利益の保護及び訴訟コストの削減を図る観点からも有利である。本件において、博邁社の提訴に係るノウハウ侵害紛争と特許の権利帰属紛争とは、主要事実の重複度が高く、裁判結果に相互な関連性及び密接な関係があることを考慮して、当裁判所は、上記2件を1件に併合して審理したほうがよいと判断した。

ただし、上記主要事実の高い重複度と裁判結果の相互な関連性は、通常、前述したような権利侵害に係る権利帰属紛争の場合のことである。営業秘密侵害に係る権利帰属紛争では、特許出願を行う行為が営業秘密侵害となるか否かは判断のポイントであるため、営業秘密侵害紛争の主要事実と多く重複することとなる。職務発明に係る権利帰属紛争の場合、発明の内容が従業員の元就職先において担当していた本来の職務又は元就職先から与えられた任務と関連性があるかということは判断のポイントとなるため、営業秘密侵害の判断とは、大きく異なっている。

一括して主張できない場合、優先順位が存在するかについては、現在、中国の法律には、営業秘密侵害訴訟と権利帰属紛争訴訟の同時提起や順番提起に関する明確な規定はない。そのため、当事者は、事件の実情や訴訟のニーズに応じて、訴訟を提起する優先順位を柔軟に決定することができる。

(2) 管轄

営業秘密侵害訴訟は侵害紛争に該当し、地域管轄は被告の住所地と侵害行為地でなければならない。これに対して、特許の権利帰属紛争の地域管轄は具体的な状況によって異なる。契約違反又は権利侵害による紛争の場合、契約違反紛争や権利侵害紛争を参照して管轄裁判所を決定することができる。例えば、(2022)最高法知民轄終341号事件において、中国最高裁は、「特許の権利帰属紛争事件の地域管轄について、権利帰属紛争の原因が契約関係に関するものか、もしくは侵害行為に関するものかに基づいて、それぞれ民事訴訟法及び関連司法解釈における契約や侵害事件の管轄規則に基づいて、事件の管轄を決定しなければならない。」と明確にした。一方、職務発明に係る権利帰属紛争の場合、地域管轄は被告の住所地である。例えば、(2020)最高法知民轄終100号事件において、中国最高裁は、「事由が特許権の権利帰属紛争であり、当事者双方の間に契約関係や侵害行為などの基本的な法律関係が存在しないことを前提とする。本件の実体処理の実質は、契約関係または侵害行為の有無ではなく、本件特許が職務発明であるか否かということであり、契約訴訟や侵害訴訟を参照して管轄裁判所を決定すべきではない。」と示した。

被告の住所地を管轄とする特許の権利帰属紛争において、もし被告が中国に居所のない外国当事者である場合、どのように管轄を決定するかについては、中国民事訴訟法第276条には、「渉外民事紛争のため、中華人民共和国の領域内に住所のない被告に対して身分関係以外の訴訟を提起し、契約締結地、契約履行地、訴訟標的物の所在地、差し押さえ可能な財産の所在地、侵害行為地、代表機構の住所地が中華人民共和国の領域内にある場合、契約締結地、契約履行地、訴訟標的物の所在地、差し押さえ可能な財産の所在地、侵害行為地、代表機構の住所地の裁判所が管轄することができる。前項の規定のほか、渉外民事紛争が中華人民共和国と他の適切な関連性がある場合、裁判所が管轄することができる」と規定されている。司法実務において、管轄地は国家知識産権局の所在地の北京知的財産裁判所または原告住所地の裁判所であると考えられる。

階級管轄について、技術系の営業秘密侵害紛争の一審裁判所は知的財産裁判所、または知的財産法廷を設けた中等裁判所である。一方、二審裁判所はそもそも、中国最高裁判所であったが、改訂後の『中国最高裁判所の知的財産法廷に関する若干の問題の規定』によれば、2023年11月1日以降は、各地方の高等裁判所に変更された。ただし、重大で複雑なノウハウ侵害事件の場合、二審は依然として中国最高裁が管轄する可能性もある。特許の権利帰属紛争の一審管轄は、技術系の営業秘密侵害紛争事件の場合と同じであるが、二審管轄は発明特許か、実用新案・意匠かによって異なる。発明特許の場合には、権利帰属紛争事件の二審管轄は中国最高裁であるが、実用新案及び意匠の場合には、権利帰属紛争の二審管轄はその地方の高等裁判所である。また、重大で複雑な実用新案の権利帰属紛争は中国最高裁が管轄する可能性がある。

このように、営業秘密侵害訴訟と特許の権利帰属紛争訴訟は多少関連があっても、同じ裁判所の管轄ではない可能性があるため、併合審理がさらに難しくなる。

4. 特許の有効性との関係

(1) 特許の権利帰属紛争と特許の有効性判断との関係

権利帰属紛争に関わる特許出願や特許の進行中の手続きがどうなるかについては、中国特許法実施細則によれば、「当事者に特許を受ける権利又は特許権の帰属について紛争が発生し、特許業務管理部門に調停を申請したか、又は裁判所に提訴した場合、国務院特許行政部門に関係手続の中断を請求することができる。」ということであり、この関連手続には、無効審判が含まれている。改正前の中国特許法実施細則と中国特許審査指南によると、権利帰属紛争の当事者が無効審判の手続中断を請求する場合、通常認められる。そのため、司法実務において、特許が無効になるリスクがある場合、特許権者が偽りの権利帰属紛争を用いて特許の無効審判の審理を中断させることもある。そのため、2023年に改正された中国特許法実施細則と審査指南には、いずれも、国務院特許行政部門は、当事者が主張した手続中断の理由が明らかに成立しないと判断した場合、関連手続を中断させなくてもよいと規定されている。したがって、特許の権利帰属紛争が存在すれば、特許の無効審判が必ず中断するというわけではない。

このように、特許の権利帰属紛争の進行中に特許が無効になったというようなこともあり得る。権利が存在しなくなった場合、特許の権利帰属紛争が継続する必要があるか、ということについて、(2022)蘇05民初496号事件において、一審裁判所は、本件特許権が無効になったため、係争物についての当事者間の利害関係がなくなり、提起された権利帰属紛争訴訟は民事訴訟の受理条件を満たさなくなり、提訴を却下することができると判断し、特許権侵害に関する司法解釈を参照して、権利帰属紛争についても「本件については却下へ、(特許が維持された場合)必要があれば別途提訴」を適用することができるという考えを示した。この事件の二審では、中国最高裁は上記司法解釈の適用に誤りがあるとして、一審裁定を取り消し、一審裁判所に審理の再開を命じた(2022)最高法知民終2505号民事裁定を下した。また、(2021)最高法知民終2395号などのシリーズ事件において、中国最高裁は「発明創作の権利帰属と、この発明創作が権利化できるか否か及び無効審判において特許が維持されるか否かとは、異なる法律関係であり、法的判断基準が異なっている。特許の権利化・有効性確認に係る紛争では、発明創作が特許を受ける条件を備えているか否かが判断されるのに対して、特許を受ける権利及び特許権の帰属紛争事件では、権利化の可否や特許の有効性を前提とすべきではなく、原告がその主張する発明創作について法律によって保護される利益を有するか否かを判断の基準として、発明創作の権利の帰属が判断されるわけである。特許出願が拒絶査定されたか、特許権が無効とされたとしても、過失のない当事者は、特許を受ける権利及び特許権の帰属紛争事件における発明創作の権利帰属に対する認定結果に基づいて、過失のある当事者に対して権利侵害に係る責任を別途問うことができる。したがって、特許を受ける権利及び特許権の帰属紛争事件において、本件特許出願が拒絶査定されたか、特許権が無効とされた場合、裁判所は依然として本件発明創作の権利帰属について審理を行うべきである。」と明らかに示した。

また、2023年に改正された審査指南には、特許無効審判が中断しない場合、特許の権利帰属紛争の当事者は無効審判への参加を請求できることが明確に規定されている。『中国最高裁判所知的財産法廷裁判要旨の概要(2023)』に掲載された(2022)最高法知行終836号事件において、中国最高裁も、「特許行政部門が特許の請求項の全部または一部を無効にした後、特許権の帰属紛争事件において権利を主張する当事者が、特許の有効性確認に係る行政訴訟を提起した場合、当該当事者が、本件無効審判請求の審決に係る潜在的な利害関係者に該当すると認定することができる。原告が適格な主体ではないという理由により、その提訴を直接却下すると裁定すべきではない。当事者が特許の有効性確認に係る行政訴訟の適格な原告に該当するかは、特許権の帰属紛争事件の審理結果による。特許権の帰属紛争が実質的に解決されていない場合、状況に応じて特許の有効性確認に係る行政訴訟の審理を中断させることができる。」と指摘した。これにより、名義上の権利者が権利帰属紛争に直面し、リスクがあると判断した場合、意図的に特許を放棄したと一方、真の権利者が特許の有効性判断に係る手続きに参加できないため、真の権利者の利益が損なわれるというような事態の発生が防止できる。

(2) 営業秘密侵害紛争と特許の有効性との関係

主張された営業秘密侵害行為が特許出願行為である場合、特許出願に開示された情報が営業秘密に該当するかということは審理のポイントの一つとなる。営業秘密はまず非公知性を満たさなければならない。特許が新規性・進歩性欠如で無効とされた場合、その特許に開示されている情報が非公知性を有しないことを意味するのか、という疑問が生じる。

(2022)最高法知民終2501号事件の民事判決書において、中国最高裁は特許の有効性と営業秘密の関係について、「特定の技術情報が非公知性を有するかについての判断基準と、特許の新規性、進歩性の判断基準とは異なっている。仮にその特許の発明が出願日(または優先日)の時点で公知技術に対して新規性または進歩性を欠いていたとしても、その発明に反映された技術情報が被疑侵害行為の発生時に当業者に一般的に知られ、容易に入手できると考えられるわけではない。本件において、本件技術情報は主に本件実用新案の明細書の具体的な実施例及び図面に記載されており、本件実用新案の請求項は本件ノウハウの内容の一部のみを反映している。本件実用新案に対する無効審判請求の審決における本件実用新案の請求項の新規性や進歩性の有無に関する判断は、必ずしも、本件技術情報の非公知性の有無に関する当裁判所の判断に影響を与えるわけではない。」と指摘した。

よって、他人の営業秘密を侵害する疑いのある技術が特許出願されて登録後に無効になったことは、営業秘密侵害が必ず成立しないことを意味するわけではない。

おわりに

営業秘密侵害と特許の権利帰属紛争はいずれも複雑な知的財産紛争であり、如何にして対応すれば最適な効果が得られるのかについて、事案の事実、収集できる証拠及び達成したい目的などの様々な要素を総合的に考慮しなければならない。