中国弁理士・弁護士 沈 顕華
北京魏啓学法律事務所
北京魏啓学法律事務所
中国の特許侵害訴訟において、証拠の取得可否は成敗を左右する重要なポイントである。通常、「事実を主張する側が立証責任を負う」ため、特許侵害行為に関する証拠は、権利者である原告が公証などを利用して自ら収集する必要がある。例えば、原告は、イ号製品の購入、インターネット公証や展示会での公証などにより、侵害行為に関する証拠を収集することができる。一方、企業間取引や製造方法に係る特許侵害事案において、取引相手の制限又はイ号方法の非公開などのために、適法な一般的方法により証拠を取得することが難しい場合が多い。この場合、原告としては、直ちに確保しないと、証拠がなくなるか、後日入手が困難になることを証明できる場合、裁判所に証拠保全を申し立てることができる1。
証拠保全の申立てがある場合、裁判所は、証拠保全申立の根拠となる一応の証拠と要証事実との関連性、証拠保全の必要性及び実施可能性などの要素を総合的に考慮した上で判断する2。具体的には、裁判所は主として下記4つの要素を考察する。
①要証事実について、申立人が一応の証拠を提示したか。
②申立人が自ら、保全の対象となる証拠を取得できるか。
③証拠隠滅等のリスク及び要証事実への影響。
④保全措置による証拠保持者への影響3。
上記4つのうちいずれか1つの裏付けが足りない場合、申立てが却下される可能性がある。さらに、証拠保全が、保全の対象となる証拠の保持者に損害を与える可能性がある場合、裁判所は申立人に担保(保証金)を求めることができる4。証拠保全申立は、立証期間の満了までに書面で行うことができる4。裁判所は通常、申立てを認めるか否かに関する書面での裁定を出すが、場合によっては口頭で裁定を行うこともある。
証拠保全を実施する際に、裁判所は、立入検査記録、図面作成、撮影、録音、録画、技術設計図書の謄写等の様々な措置を講じることができる5。これらの措置の実施原則は、保全対象への損害を最小限に抑え、証拠保持者の通常の事業活動への不当な干渉を回避することである。証拠保全に係る技術の複雑性に応じて、裁判所は、技術的な問題について専門的な対処を行えるように、技術調査官に参加してもらうことがある。一方、利益抵触の懸念や営業秘密保護の観点から、申立人は通常、証拠保全の現場に入ることは許されないが、事前の準備や保全時の必要なサポートを提供するよう裁判所に求められる可能性がある。
証拠保持者が正当な理由なく証拠保全への協力を拒否したり妨害したりして証拠保全ができなくなった場合、裁判所は、証拠保持者が証拠の保全不能による不利益を負うと判定できる6。保全措置が講じられた後、当事者が許可なく証拠物を廃棄したり、証拠資料を改ざんしたり、その他の破壊行為を行ったりして証拠を無効にした場合、裁判所は、これらの行為に基づいて、その当事者にとって不利な判断を推論で行うことができる7。
裁判の結果として、裁判所が非侵害の結論に至り、かつ保全措置によって証拠保持者が損害を被った場合、申立人が賠償責任を負う可能性がある。この賠償は、事前に提供した保証金で支払うことができる。一方、被告が非侵害のみを理由に、原告が悪意訴訟に該当すると主張して損害賠償を請求する場合、裁判所は通常、侵害訴訟の提起が権利行使の正常な行為であるとして、このような請求を認めない。
以下に、判例を挙げて、証拠保全の申立てと審理、証拠保全の実施、保全妨害の責任及び証拠保全の損害賠償について説明する。
1.証拠保全の申立てと審理
証拠保全の申立てにあたり、申立人は、裁判所に侵害行為に関する一応の証拠を提示するとともに、自ら証拠を取得できない客観的な事実を証明し、証拠隠滅等のリスクを説明する必要がある。さらに、申立人は事案の実情に応じて保証金を提供することにより、証拠保全が認められる可能性を高めることができる。
(1)一応の証拠について
侵害に関する一応の証拠について、申立人は、侵害の事実を十分に証明する必要がなく、証拠保持者と被疑侵害事実との間に強い関連性があることを証明できればよい。この一応の証拠は、イ号物件の構造や工程の一部を示す写真や動画、説明資料等であってもよく、証拠保持者が侵害行為に関与した可能性が高いことを示す資料であってもよい。
中隧橋社と恒天社らの発明特許侵害事案において、裁判所は中隧橋の証拠保全申立を認めた。この事案において、中隧橋社は、大建社のホームページに掲載されている波形鋼板ウェブ製品の形状、仕様情報を提示した。これらの情報から、イ号製品が本件特許の「隅角部」などの構成要件の一部を充足していることが分かる。また、中隧橋社は、建設契約書を提示し、恒天社らが被疑侵害行為と密接な関係を有することを証明した2。
藍翔社と鑫通社との実用新案権侵害事案において、裁判所は藍翔社の証拠保全申立を認めた。この事案において、裁判所は、本件実用新案の対象とイ号製品が同じ種類の製品であると認め、藍翔社が提出した公証文書に添付された現場検証の写真を確認した結果、イ号製品のロック機構及び油圧モーターの設定や動作モード以外の、本件実用新案の請求項の記載に該当する構成がすべて写真に反映されていると判断した8。
筆者が申立人の代理人として参加した証拠保全事案Aにおいて、申立人は、イ号製品のパンフレット及びプロモーションビデオを提出し、これらの資料に基づく構成要件の対比分析により、イ号製品の構成と本件特許の請求項に記載の構成との高い類似性を示した。その結果、裁判所は証拠保全申立を認めた。
一方、申立人が一応の証拠を十分に提示しなかった場合、裁判所が証拠保全申立を認めない可能性は高い。例えば、叶氏と杭州の電子会社Fとの実用新案権侵害事案において、裁判所は、叶氏が侵害行為の存在を示す一応の証拠を提出しておらず、叶氏の侵害判断が入札書類に基づく主観的な憶測にすぎないとして、証拠保全申立を却下した9。
触媒蒸留社と華浩軒社との特許侵害訴訟に係る証拠保全事案において、裁判所は、華浩軒社のアルキル化プロジェクト装置の全体構造の写真を撮影するという触媒蒸留社の証拠保全申立を認めたが、アルキル化プロジェクトに関する受託設計・建設契約書の複写に関する保全申立については認めなかった。その理由として、触媒蒸留社がこれらの契約と特許侵害判断との間に直接の関連性があることを示す証拠を提出しなかったことが挙げられている10。
(2)証拠の取得不能について
通常の手段で自ら収集できる証拠については、このような証拠が「取得し難いもの」ではないため、申立人は証拠保全申立を行うべきではない。
触媒蒸留社と華浩軒社との特許侵害訴訟に係る証拠保全事案において、裁判所が契約書の複写に関する証拠保全申立を認めなかった理由には、これらの契約が政府部門に登録されたものであり、申立人が通常の手続きで取得できるため、証拠が取得し難いというような事情がないという理由もある10 。
同様に、睿格社と順風社との係争に係る証拠保全事案において、本件のオートマチックトランスミッションは、市場で多く販売されるモデルに広く採用されているものであり、申立人が自ら収集でき、証拠隠滅等の可能性が高くないと判断され、申立が却下された11。
証拠保全申立は通常、申立人が合理的かつ適法な立証方法によって証拠を取得することが確かに難しい場合のみ、裁判所に認められる可能性がある。申立人は、保全対象物の特徴、性格及び取引方法等の客観的な要素を示して、証拠を取得できない理由を説明する必要がある。
例えば、中隧橋社と恒天社らの発明特許侵害事案において、裁判所は、イ号製品が市場取引等により容易に入手できる日用消費財や一般工業用原材料ではなく、入札主体や建設当事者以外が通常の適法なルートでこの製品を取得することは困難であると判断した2。
藍翔社と鑫通社との実用新案権侵害事案8において、藍翔社は公証保全により、九龍鉱山事業所に立ち入ってイ号製品の現場写真を取ったが、製品が大型で、しかも静止状態であったため、一部の構成が写真に反映されていなかった。また、藍翔社が証拠収集への協力を九龍鉱山事業所にさらに求めることも不可能であった。そのため、証拠保全申立を行い、裁判所に認められた。
証拠保全事案Aにおいて、申立人は、証拠保全申立の理由について、イ号製品が大型で高価なものであり、公証付き購入により証拠を取得することができず、被申立人の工場に立ち入って証拠を収集することもできないと説明した。その結果、裁判所は証拠保全申立を認めた。
証拠保全の対象は大型のものだけではなく、申立人が自ら収集できない小物であってもよい。陳万俊と陳延思との悪意による知財訴訟の損害責任係争事案において、裁判所が証拠保全を講じた対象は電撃殺虫ラケットであった12。
(3)証拠保全の緊急性について
緊急性は、証拠保全手続きにおける主要な考慮要素の一つであり、証拠が消滅したり、後日入手が困難になったりするリスクとして表れている。このリスクには、証拠が移送されたり、破壊されたり、隠されたり、滅失したりする可能性や、客観的な保管環境や条件が変化することで後日の取得や検証が困難になる可能性が含まれている8。
中隧橋社と恒天社らの発明特許侵害事案において、イ号製品を使用するプロジェクトは建設中であり、建設が完了すると、破壊的な解体を行わなければ、外部からイ号製品の厚さなどを測定することができないため、建設中のプロジェクトにおけるイ号製品についての証拠保全申立は緊急性を満たしている2。
藍翔社と鑫通社との実用新案権侵害事案において、イ号製品が九龍鉱山の地表から炭鉱の坑道に移されると、後日イ号製品の構成比較を行う必要がある場合は、坑道の奥深くまで入る必要があり、イ号製品の構成比較の難しさが著しく高まることになる8。
環宇社と温州社との係争に係る証拠保全事案において、裁判所は、現在展示中のイ号製品が本件の重要な証拠であり、処分が遅れると、証拠が失われ、申立人の正当な権利に回復不能な損害を与えることになると判断した13。
天利新社と東利社との係争に係る証拠保全事案において、裁判所は、申立人の申立について仕分けを行い、侵害とされる被申立人の製品及び製造装置に関する保全申立については認めたが、顧客注文書、在庫リスト、輸出申告書、パンフレットなどの資料については、営業秘密に関わる可能性があるか、隠滅等のリスクが低いとして、保全申立を拒否した14。
実際の運用において、裁判所は行動保全の必要性審査では、緊急性を厳しく審査するが、証拠保全については、立証困難問題を解決するために、「緊急性」の審査はそれほど厳しくない。被疑侵害行為が存在する可能性が高いことを一応証明でき、かつ、原告が客観的に立証に尽力していても、十分な証拠を取得することが困難である場合、通常、裁判所は原告の証拠保全申立を認める傾向にある。さらに、原告が緊急性を示すことができれば、認められる可能性は高くなる。
(4)保全措置による損害や影響について
証拠保全申立があった場合、裁判所は、保全措置が証拠及び証拠保持者の通常の事業活動に与える影響を総合的に考慮した上で、保全措置を講じるか否かを判断する。保証金の必要性及びその金額については、裁判所によって運用が若干異なる。最も厳しい裁判所の場合、具体的な保全措置やあり得る損害を特に考慮せずに、訴額と同額の保証金を求める。それほど厳しくない裁判所の場合、申立人はこの証拠保全により被告が最大でどれだけ損害を被るかについて説明した上で、それに対応する保証金を提供すればよい。さらに、保全措置が対象物に損害を与えず、被申立人の事業活動にも影響を与えない場合、保証金を提供しなくてもよいこともある。申立人としては、証拠保全の影響に関する説明、特に影響を最低限に抑える方法について申立書に詳しく記載する必要がある。「影響がない」又は「影響が極めて少ない」と説明できる場合は最も認められやすいが、客観的に大きな影響がある場合も、真実を記載するとともに、必要に応じて適切な保証金を自発的に提供すべきである。保証金の自発的な提供は、保全措置に関する裁判所の躊躇の解消にもつながる。
筆者が参加した証拠保全事案Aにおいて、申立人は、証拠保全が被申立人に損害を与えない旨の説明を行うとともに、保証金を自発的に提供した。具体的には、申立人は、証拠保全がイ号製品の現場検証、撮影及び録画に限定されるため、製品の機能を損なうことはなく、保全措置に不具合があっても、被申立人に実際の損害を与えることがないという説明を申立書に記載した。そして、申立人は、保証金として、訴額と同額の保険金額300万人民元の保険契約を自発的に提供した。このように、保全措置による被申立人の損害があっても、保証金で埋めることができる。
一方、申立人が十分な保証金を提供していない場合、裁判所は証拠保全申立を却下する可能性がある。任文林とメルセデス・ベンツ社らとの発明特許侵害事案において、任文林が主張した証拠保全申立の理由は、証拠保全の適用事由ではなく、また、百万人民元以上に値する対象物について、任文林は1万人民元の保証金しか提供できず、証拠保全の保証金要件を満たしていないと判断された15。
同様に、鵬峰社と東唐社との実用新案権侵害事案において、裁判所は訴額と同額の保証金を提供するよう鵬峰社に求めたが、鵬峰社は保全の対象となる証拠の価値が低いとして保証金を提供しなかった。その結果、裁判所は証拠保全申立を却下した16。
宏鑫社と遠通社らとの発明特許侵害事案の二審において、宏鑫社は、回転補償器及び解体・装着・測定時に発生した直接費用に関する保証金20万人民元しか提供せず、この金額が、証拠保全の実施により発生し得る被申立人の損害を明らかに下回るため、裁判所は保証金額が足りないとして、対象物を解体して対比分析するという宏鑫社の申立を却下した17。
証拠保全による損害が大き過ぎるか、取り返しのつかない損害となる場合、裁判所は直接、これを理由に証拠保全申立を却下することがある。宏鑫社と遠通社らとの発明特許侵害事案の二審において、イ号に係る蒸気パイプライン・プロジェクトは正式な検査・承認を受けて稼働開始した。パイプラインを解体すると、被申立人及びそのユーザーの事業活動に取り返しのつかない損害をもたらす。そのため、裁判所は、申立人が提示した一応の証拠、保全措置の特徴、現状及び訴額を総合的に考慮した結果、蒸気供給の停止及びパイプラインの解体を行って検証を行うという保全申立を却下した17。
2.証拠保全の実施
(1)実施方法
証拠保全の方法について、申立人としては、証拠保全の完全性及び権利侵害の対比分析の成功可能性を高めるために、様々な方法での保全を申し立てることができる。裁判所としては、方法の一部又は全部を認める可能性がある。例えば、天利新社と東利社との係争に係る証拠保全事案において、申立人は、現場検証の記録、撮影、録画、計数、サンプルの採取や封印などによるイ号装置の保全を申し立てたが、裁判所は、計数、撮影等の方法のみ認めた14。
裁判所がどのような方法を採用するかについては、事案の複雑さ、証拠の種類にもよるが、証拠保全の実施を確保しながら、被申立人の事業活動への妨害を極力抑えることが原則である。
例えば、鉱山機械に係る証拠保全事案において、裁判所は、イ号設備が被告の事業における主要な設備であり、設備の差押えや封印を行うと、被告の事業が大きく影響されるとして、被告の事業に対する影響を抑えるために、撮影や録画等により証拠の収集及び確保を行うと決定した18。
同様に、某機械会社と某書籍会社らとの発明特許侵害事案において、裁判所は、製造装置を停止させずに保全を行う方法を採用することによって、権利者側の立証困難問題を解決するとともに、保全措置による当事者の事業への影響を抑えた19。
必要な場合、裁判所は差押えや封印により証拠保全を実施することができる。環宇社と温州社との係争に係る証拠保全事案において、裁判所は、上海国際加工包装展覧会に出展された被申立人の高速包装機に対して差押え及び封印を行った13。さらに、衣拿社と曙福賛社との係争に係る証拠保全特別手続きにおいて、裁判所は、侵害に係る衣服組立ラインの撮影、録画及び封印を行った20。清華大学と同方威視社らとの発明特許侵害事案において、裁判所は、工場の建屋に立ち入って証拠保全を実施することができなかったが、後日の証拠保全のために、法律に基づいて建屋のドアに「無断開封禁止」のシールを貼り付けた21。
(2)申立人及び技術調査官の支援
証拠保全の現場の複雑さ、限界、不確実性、及び特許侵害の対比分析の専門性により、証拠保全の困難さが増大し、容易に保全の失敗につながる可能性がある。裁判所は、成功率を高めるために、証拠保全の実施前又は実施中に、申立人又は技術調査官の支援を求めることができる。
証拠保全の準備段階においては、申立人は、証拠物の所在場所、証拠物の種類・構造、証拠保全の目的、証拠保全の手順などを説明すべきである。 必要に応じて、裁判官と直接面談することも考えられる。筆者が申立人の代理人として参加した証拠保全事案Bにおいて、証拠保全の実施前に、筆者は裁判所に行って本件特許の発明及び証拠物との対比分析の詳細を裁判官に説明した。その後、さらに裁判官に数回電話で連絡して情報を提供した。さらに、保全の当日に、筆者、申立人の技術担当者及び裁判官が保全の現場外で保全手順の詳細について意見交換した。
筆者が申立人の代理人として参加した証拠保全事案Cにおいて、証拠保全の実施前に、筆者及び申立人の従業員が証拠保持者の工場に出向いたところ、証拠保持者の住所が変わったことが分かった。そこで、実際の所在場所を確認し、保全失敗のリスクを回避した。
当事者双方の利益のバランスを維持する観点から、被疑侵害者の営業秘密を守るために、裁判所は、訴訟において知り得る営業秘密について守秘を約束する秘密保持誓約書の提出を申立人及びその訴訟参加者に求めることがある22。ほとんどの場合、申立人は証拠保全の現場に立ち入ることができないか、条件付きの立ち入りしかできない。例えば、筆者が参加した証拠保全事案Aにおいて、最初は裁判官だけが現場に立ち入ることが許された。その後、弁護士としての筆者も立ち入りは許されたが、使用されなくなった製造ラインの部品の確認や、被申立人との限定的なやり取りしかできず、被申立人の使用中の製造ラインを確認することはできなかった。
筆者が参加した証拠保全事案Cにおいて、証拠保持者は、営業秘密を理由に筆者に退去を求めたが、裁判官は筆者にオフィスの外で待機するよう求めた。そして、裁判官及び技術調査官は、証拠保全の実施中に何度も事務所から出てきて、保全手順の適切さや保全対象の正しさを筆者に確認した。
技術が複雑な事案の場合、技術調査官の関与が重要である。事案Cにおいて、技術調査官は証拠保全の全般に参加し、裁判官とともに製造ラインの数百枚の設計図から対象図面を抽出し、事案に密接に関係する細部を多く撮影したことで、事件の円滑な進行に決定的な役割を果たした。
3.保全妨害の責任
証拠保全は通常、証拠保持者にとって、ある程度の不利益か、侵害事実の確認を意味している。法律の抑止力の下で、ほとんどの人は証拠保全に協力するが、それでも協力しない人、あるいは証拠保全を妨害する人も少なからずいる。このような行為は、侵害の成立という法的結果を招くだけでなく、刑事責任を問われる可能性もある23。
証拠保持者が正当な理由なく証拠の提出を拒否する場合、裁判所は立証妨害のルールに基づき、証拠保持者に不利な認定を推定することができる24。例えば、名媛社と李詩勇との知的財産係争事案において、被告が協力しなかったため、裁判所は証拠保全を実施できず、対比分析もできなかった。その結果、裁判所は、被告が使用したラインストーン加工方法が本件特許を侵害していると推定した25。
裁判所は証拠保全の実施時に、対象物の価値への損害や証拠保持者の通常の事業活動に対する影響を極力抑える。したがって、裁判所は通常、撮影や録画など、損害を与えない保全方法を優先して採用する。また、構成の対比分析のために、解体、証拠の改ざん又はその他の破壊的行動をを行わないよう証拠保持者に求めることがある26。保全が妨害されて証拠としての使用ができなくなった場合、証拠保持者はこれによる不利益を負うこととなる。
例えば、韓翠英と凌シルク社との実用新案権侵害事案において、裁判所は、証拠の現状を保全するために、繭煮沸漂白装置における事案関連部品の取り外しや改変を行わないよう被申立人に求めた26。
清華大学と同方威視社らとの発明特許侵害事案において、裁判所は、封印された製品を証拠の検証まで適切に保管する義務などを被告に説明したにもかかわらず、被告は、保全された製品の部品の一部を無許可で取り外して破壊し、取外処理後の製品が特許技術とは異なるものであると主張して対比分析を妨害した。裁判所は、被告が正当な理由なく証拠の提出を拒否したとして、被告が使用した製品が本件特許の権利範囲に属すると推定した21 。
瀚沢社と飛行船社との発明特許侵害事案において、瀚沢社は、保全された証拠を原審裁判所に連絡しないまま無断で処分した。裁判所は、瀚沢社がこれによる不利な法的結果を負うと判断した27。
4.保全の損害賠償
証拠保全により侵害事実の成立が裏付けられた場合、通常、保全に係る損害賠償問題を考慮する必要はない。一方、例えば、侵害不成立の場合や侵害訴訟を取り下げた場合には、証拠保全による損害があれば、証拠保持者は合理的な範囲で賠償を求めることができる28。ただし、侵害不成立のみを理由に証拠保全申立を悪意訴訟として判断することができない。
裁判所は悪意訴訟について厳しく判断している。原告が提訴の前提となる有効な権利や事実的根拠を欠くこと又は被疑侵害者が非侵害であることを知りながら訴訟を提起し、かつ相手当事者に損害を与えた場合のみ、悪意訴訟に該当すると判断できる。特許侵害不成立の判決が出ても、権利者の提訴に悪意があるとは断言できない。特許侵害の属否には専門的で複雑な判断が必要であるため、特許権者が提訴時に容易に認識できるわけではない。提訴時に複雑な専門的問題について正確な判断を行うことまで特許権者に求めることができず、その敗訴から、特許権者が提訴時に有効な権利や事実的根拠を欠くことを知っていたと逆推定することもできない29。
例えば、江蘇省の某会社と某紡織会社らとの知的財産訴訟に係る損害責任再審事案において、裁判所は、某紡織会社が悪意訴訟に該当するとした江蘇省の某会社の主張を認めず、「証拠保全が特許侵害訴訟の一環であり、保全措置に誤りがあったことは確認されていない」と判示した上で、保全措置がその損害につながることを示す十分な証拠がないと判断した30 。
龍行勝社と陳自力らとの損害責任係争事案において、陳自力が証拠保全申立を行った結果、龍行勝社の出展中の溝入れ機が封印された。その後、本件特許は無効にされ、龍行勝社は損害賠償を請求した。裁判所は、陳自力が、保全対象である機器の価値減損に係る損害賠償10000人民元、出展小間料に係る損害賠償20000元を龍行勝社に支払うと裁定した30。
結びに
公開された判例及び弊所の実務経験からすれば、中国裁判所は全体として、特許侵害事案における証拠保全に積極的に取り組んでいる。裁判所は、証拠保全を通じて、特許権者の「立証困難問題」を解決し、司法体制による知的財産への保護を強化する姿勢である。一方、「事実を主張する側が立証責任を負う」ことは依然として、特許侵害事案の基本原則である。特許権者には立証義務があり、裁判所としては通常、中立の立場であり、当事者の一方にとって不利益な判断を容易に行うことはない。
証拠保全申立が認められる条件としては、侵害が存在する可能性、権利者がこれ以外の方法により証拠を取得する不可能さ、証拠隠滅等のリスク、そして、被保全側に取り返しのつかない損害を与えないことが挙げられる。これらの条件を満たしたことを前提に、裁判所は他の考慮要素も勘案して、証拠保全を実施するかについての決定を行う。裁判所は保証金の提供を強制しないが、申立人が自発的に保証金を提供した場合、申立が認められる可能性は高くなる。
特許権者が通常の範囲で証拠保全申立等を含む訴訟行為を行い、証拠保全により発生し得る損害を合理的に予想し、さらに保証金を自発的に提供した場合、通常、悪意訴訟の指摘や過大な賠償責任を懸念する必要はない。保証金の提供方法については、権利者にとって大きな負担にならない一般的な方法は、保険会社と保険契約を結ぶことである。保険料率は事案の状況及び訴額などに応じて決定されるが、通常、0.04%~0.3%となる。
証拠保全に関する考慮要素は多いものの、すべての事案においてこれらの要素が必要十分条件であるというわけではない。裁判官は証拠保全申立を判断する際に、ある程度の主観性及び自由裁量権を有する。同じ事案であっても、裁判官によって考えが異なることがある。例えば、筆者が参加した事案A、B、Cの証拠保全申立はいずれも認められたが、そのうち二審まで争った事案があり、一審裁判所が証拠保全を認めたことについて、二審のシニア裁判官が驚きを表した。つまり、具体的な運用について裁判官も個人差がある。
被保全側の立場から言えば、証拠保全に抵抗すると、深刻な結果になる可能性がある。そのため、不法な妨害行為を行わずに合理的に対応すべきである。裁判所の保全措置に挑戦するよりも、適法な範囲で協力し、適法な手続きで抗弁することが得策である。侵害不成立と判断された場合、被保全側は、受動から主導に転じて、保全によって被った損害について法的手段により賠償を求めることができる。
要するに、証拠保全は、特許権者が証拠を取得するために利用できる重要な方法であるが、申立は、事案の実情に応じて詳細に予想・評価した上で慎重に行うべきである。中国の特許訴訟実務において、証拠保全は容易ではないが、特許権者が自らの適法な権利を守るための有効な手段であるといえる。
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1.「中華人民共和国民事訴訟法(2023改正)」第八十四条。
2. (2020)最高法知民終2号。
3.「知的財産に係る民事訴訟の証拠に関する若干の規定」第十一条。
4.「中華人民共和国民事訴訟法」の解釈(2022改正)第九十八条。
5.「知的財産に係る民事訴訟の証拠に関する若干の規定」 第十二条。
6.「知的財産に係る民事訴訟の証拠に関する若干の規定」 第十三条。
7.「知的財産に係る民事訴訟の証拠に関する若干の規定」 第十四条。
8. (2020)最高法知民終624号。
9. (2023)最高法知民終796号。
10. (2016)陕01証保2号民事裁定書。
11. (2021)渝01証保1号。
12. (2012)汕中法民三初字第78号。
13. (2023)沪73証保5号。
14.(2023)浙02証保2号。
15. (2015)高民(知)終字第4265号。
16. (2019)最高法知民終557号。
17. (2018)蘇民終1266号。
18. https://mp.weixin.qq.com/s/nOZk2OkvwBKzh4R6guzLJQ。
19. https://mp.weixin.qq.com/s/yXSnPAamcZlxOIRFBAAxnw。
20.(2022)浙02証保9号。
21.(2017)豫01民初574号。
22.(2013)鄂武漢中知初字第03551号。
23.「中華人民共和国民事訴訟法(2023改正)」第一百一十四条。
24.「中国最高裁判所:民事訴訟の証据的に関する若干の規定」第七十五条。
25.(2013)浙金知民初字第496号。
26.(2021)遼02民初214号。
27.(2020)最高法知民終1115号。
28.「中華人民共和国民法典」第1165条。
29.(2022)最高知民申3号。
30.(2015)東中法民一終字第2229号。