中国弁護士 姚 敏
北京魏啓学法律事務所
北京魏啓学法律事務所
悪意の商標出願に対して、真の権利者は、一般的に商標法の関連規定に基づき、異議申立、無効審判請求などの行政手段により、国家知識産権局に不登録又は無効宣告を求める。商標法第3次改正に新たに追加された第68条4項には、悪意の商標出願行為の行政責任、及び悪意で登録された後に訴訟権を濫用し、悪意で商標権を行使した場合、裁判所が法律に基づいて処罰できると明確に規定されている。しかし、現行の商標法では、悪意のある出願人が、その悪意による出願行為自体について民事賠償責任を負うべきであることは明確に規定されていない。実務では、悪意により大量の商標が継続的に出願される事件が後を絶たず、悪意出願を解決するために、真の権利者は、異議申立、無効審判、取消審判などを継続的に提起する必要があり、多くの時間とお金を費やしてしまう。悪意のある出願人に対して一層効果的に打撃を与えるために、これらの出願人の悪意の出願行為に対し、賠償を求める民事訴訟を提起することは可能なのであろうか。本稿では、悪意の出願行為に対して民事訴訟を提起する可能性と、満たすべき基本要件などについて検討し、読者の皆様のお役に立てればと思う。
I. 現在の法的枠組みでは、悪意の商標出願行為は不正競争防止法によって規制される可能性がある
中国の現行の法的枠組みでは、悪意のある商標権行使について明確な規制が設けられている。2011年の『民事事件の事由に関する規定』には、「知的財産権の権利帰属、権利侵害紛争」に関して、「悪意の知的財産権訴訟の損害賠償責任に関する紛争」という項目が別途設けられている。また、現行商標法第68条にも、悪意で商標訴訟を提起した場合の罰則が定められている。
司法実務において、悪意のある駆け抜け登録者が、悪意で登録された商標権に基づき、真の権利者に対して、例えばクレーム、権利侵害警告、商標権侵害訴訟の提起などの商標権の行使をした後、真の権利者は賠償を請求する民事訴訟事例が数多く存在する。このような場合、権利者は一般的に、不正に取得した商標権に基づく駆け抜け登録者の権利行使が権利の濫用であり、信義誠実の原則に違反し、不正競争行為に該当すると主張する。
また、悪意による駆け抜け登録・クレーム・警告・訴訟、異議申立の濫用など駆け抜け登録者の一連の不正行為に対して、権利者が提訴して損害賠償を請求する事例もある。このような場合、裁判所は通常、訴えられた複数の行為をそれぞれ判断する。現在、裁判所が被告の一連の不正行為を判断する際に、悪意による商標出願行為も不正であり、不正競争防止法第2条に違反すると判断した事例は既にいくつかあった。
例えば、碧然徳有限公司、碧然徳浄水系統(上海)有限公司が上海康点実業有限公司を訴えた事件において、原告は、中国で家庭用・業務用浄水器及びその付属品、水処理器具及び装置などの第11 類の商品において「BRITA」、「ALUNA」、「Maxtra」、「Elemaris」、「Marella」、「碧然徳」などの商標の登録商標専用権を享有する。被告は、2012年から2016年にかけて、原告の商標を模倣して複数の区分で「碧然徳」、「徳碧然徳」、「BRITA」、「DEBRITA」、「MAXTRA」、「Elemaris」、「Aluna」など合計21件の商標を出願したが、すべて無効または不登録になった。しかし、被告は、その営業活動において「Brande」などの商標を使用し、同時に「ドイツからの直輸入品」などの虚偽の宣伝文句を使用していた。さらに、被告は、原告の6件の商標に対して、悪意で登録された商標を引用商標として異議申立、無効審判を提起した。被告が実施した複数の行為について、上海市閔行区人民法院は、被告による商標の使用は商標権侵害に該当し、また虚偽宣伝行為は不正競争に該当するとそれぞれ認定し、同時に被告の悪意による駆け抜け登録行為及び商標の異議申立・無効審判手続きの濫用行為は、被告の大規模かつ包括的な侵害行為の一部であり、権利侵害という全体的な目的を果たすためであり、本質的には競合他社である原告及びそのブランドの名誉にただ乗りし、他の侵害行為と合わせて原告の正常な営業活動を妨害し、原告の競争優位を破壊して自己の競争優位を確立しようと意図し、明らかに主観的悪意を有するため、中国不正競争防止法第2条に違反し、不正競争に該当すると認定した。本判決は既に発効している。
上記事例では、悪意による駆け抜け登録行為が不正競争行為に該当すると認定されたものの、その認定理由からすれば、悪意による駆け抜け登録行為が包括的な侵害行為の一部であることが、裁判所にとって考慮すべき重要な要素となったと言える。ならば、悪意の出願行為があっただけで、他に商標権侵害や悪意の商標権行使行為がなかった場合、民事訴訟を提起して損害賠償を請求することは可能なのであろうか。この点については、裁判所の見解が一致していない。
アフトンケミカル社(Afton Chemical Corporation)、雅富頓添加剤(北京)有限公司が北京微鑫科技有限公司、天津正能量知識産権代理有限公司、張静東を訴えた事件(第1審案件番号:(2020)京73民初1283号、第2審案件番号:(2021)京民終497号)において、北京知識産権法院(知的財産裁判所)と北京高級人民法院(高等裁判所)はいずれも、被告の商標登録出願行為が商標法に規定された商標権侵害行為に該当せず、原告は法律によって規定される商標の権利付与・権利確定に関する審査手続き及び商標行政訴訟手続きを通じて救済を求めることができると判断した。したがって、本件ではアフトンケミカル社、雅富頓添加剤(北京)有限公司が商標登録出願行為に対して提起した訴訟は、民事訴訟の受理範囲に含まれていないと判断された。
一方、エマーソン・エレクトリック・カンパニー(Emerson Electric Co.)がアモイ和美泉飲水設備有限公司、アモイ海納百川網絡科技有限公司、王移平、アモイ興浚知識産権事務有限公司を訴えた事件(第1審案件番号:(2020)閩02民初149号、第2審案件番号:(2021)閩民終1129号)において、被告は、悪意で原告の商標を継続的に模倣して出願する行為だけがあり、悪意で登録商標を実際に使用したり、商標権を行使したりすることはなかった。裁判所は、「被告が商標の駆け抜け登録行為を実施したため、誠実信用の原則に違反し、民事権益を損害し、経済的損失をもたらし、不正競争に該当すると原告が主張し、被訴侵害行為の停止、影響の解消、経済的損失・合理的支出の賠償などを請求する判決を求めた。係争法律関係が対等な主体間で被訴商標登録行為による財産関係の発生に起因し、権利侵害に対する民事責任を負うように求める訴訟は、上記規定に合致し、裁判所の民事訴訟の受理範囲に含まれる。」と判断した。結局、裁判所は、被告の悪意による駆け抜け登録行為が誠実信用の原則に違反し、公正な競争の市場秩序を破壊させ、原告の合法な権益を損害し、不正競争防止法第2条の規定に違反すると認定した。
以上をまとめると、現行法では明確に規定されていないが、誠実で信用のある競争秩序を維持するという立法趣旨に基づき、司法実務では、悪意の商標出願行為が不正競争防止法第2条に違反することで規制を受けた実例がある。
II. 民事訴訟において、悪意の出願行為が不正競争行為に該当すると判断されるための基本要件について
1. 原告の先行権利が高い知名度を有し、被告が明らかに悪意で駆け抜け登録をした。
これまでの悪意による出願に対する民事訴訟の事例では、原告の商標や著作権などの先行権利がいずれも高い知名度を有し、被告が原告の先行権利を知っていたはずであり、その行為が明らかに悪意による駆け抜け登録行為に該当すると言える。
2. 駆け抜け登録者が他の侵害行為や不正競争行為があり、あるいは悪意による駆け抜け登録行為が大量で継続的に存在し、真の権利者に実害を与えた。
悪意の出願行為が不正競争と認定された大半の事件では、被告は、商標を実際に使用したり、悪意クレームや悪意警告などの商標権行使行為があったりすることが同時に存在し、悪意の出願行為は侵害行為全体の一部であり、原告の正常な事業活動を擾乱し、原告の競争優位性を損なった。
また、被告が実際に商標を使用しておらず、悪意で商標権行使をしなかったとしても、悪意で大量の商標を出願し続け、原告が自身の合法な権益を保護するために大量の異議申立、無効審判及びその後続の行政訴訟を提起し、権利を守るために多くの費用を支払わなければならない場合、原告に実害を与えたとも言える。
3. 権利者が悪意の出願行為に対して商標の権利付与・権利確認手続きを別途提起した。
前述の事件では、権利者は民事訴訟を提起する前に、悪意で出願された商標に対していずれも異議申立、無効審判請求などを提起し、かつ関連する権利付与・権利確認の行政手続が完了し、国家知識産権局及び裁判所は、関連事件において商標の出願が悪意によるものであったと認定している。
悪意による商標出願に対する民事訴訟は、係争商標に関する権利付与・権利確認の行政手続きの終審を前提にする必要があるとは言えないが、商標の出願が悪意によるものであったという権利付与・権利確認事件での認定が、民事訴訟事件の判断に役立つことは確かであると思われる。
特に、実際の使用行為や悪意による商標権行使などの行為を伴わない悪意のある出願行為の場合、商標の権利付与・権利確認手続きは民事訴訟に先行して行われるべきであり、権利者がその権利付与・権利確認手続きを通じて悪意による商標出願行為に打撃を与え、かつ実際に権利を守るための費用を支払ったことが、権利者がその後の民事訴訟を通じて民事賠償を主張するための前提条件となると考えられる。
III. 悪意の商標出願行為に対する民事責任追及への展望
今年初め、国家知識産権局は「商標法改正草案(意見募集稿)」を発表し、商標法の新たな改正を検討し始まった。意見募集稿では、駆け抜け登録商標に対する強制移転制度が追加されたほか、第83条1項において、「本法第22条4項の規定に違反し、悪意による商標登録が他人に損害を与えた場合、該他人は人民法院に提訴して損害賠償を求めることができる。賠償金額は、少なくとも該他人が悪意による商標登録行為を差し止めるために支払った合理的な費用を含むものとする。」とさらに規定されている。悪意による商標出願に対する民事賠償責任が初めて意見募集稿に盛り込まれたことが各界から広く注目されている。上記意見募集稿の関連規定が最終的に施行されれば、悪意のある駆け抜け登録者に対してプレッシャーを効果的に与え、悪意商標出願を解決するための強力な武器となると思われる。
案件番号 | 審理裁判所 |
係争製品の参考図 (インターネットで検索した図面) |
美術作品として保護されたか |
(2008)二中民初字第12293号 |
北京市第二中等 裁判所 |
Spidyべんき Duckaアヒル形補助便座 Buddy熊形シャワーチェア |
はい |
(2014)浦民三(知)初字第67号 |
上海市浦東新区 裁判所 |
ブルーボックス熊遊び荷物運搬車 |
はい |
(2014)深中法知民初字第486号 |
広東省深セン市 中等裁判所 |
Fula candy bagキャンディパック
|
はい |
(2017)粤民終3097号 | 広東省高等裁判所 | はい | |
(2016)閩05民初1251号 |
福建省泉州市 中等裁判所 |
ブライジフック-悦 |
はい |
(2017)粤民終3097号 |
福建省高等裁判所 |
はい | |
(2017) 蘇01民初1693号 |
江蘇省南京市 中等裁判所 |
Gp lady diamond fh36グラス |
はい |
(2018) 蘇民終1106号 |
江蘇省高等裁判所 |
はい | |
(2017)粤73民初3414号 | 広州知的財産裁判所 |
軒尼詩 Paradisボトル |
はい |
(2019)粤民終1665号 | 広東省高等裁判所 | はい | |
(2019)京0491民初21100号 |
北京インターネット 裁判所 |
I Do「真愛加冠」シリーズのプリンセス結婚指輪 |
はい |
(2014)寧知民初字第126号 |
江蘇省南京市 中等裁判所 |
唐韻クロークルーム家具 |
いいえ |
(2015)蘇知民終字第00085号 | 江蘇省高等裁判所 | はい | |
(2018)最高法民申6061号 | 最高裁判所 | はい | |
(2017)川01民初854号 |
四川省成都市 中等裁判所 |
ALPA12WAカメラ ALPA12SWAカメラ ALPA12TCカメラ |
はい |
(2020)粤0304民初16号 |
広東省深セン市 福田区裁判所 |
天使の羽のワイヤレス充電器 |
はい |
(2021)魯08民初182号 |
山東省済寧市 中等裁判所 |
ロードプレス |
いいえ |
(2022) 魯民終242号 |
山東省高等裁判所 |
いいえ | |
(2022)粤0705民初3498号 |
広東省江門市 新会区裁判所 |
カタツムリファン |
いいえ |
(2019)冀09民初9号 |
河北省滄州市 中等裁判所 |
ファスナー式箱肉串機 |
いいえ |
(2019)冀知民終290号 |
河北省高等裁判所 |
いいえ | |
(2017)粤0306民初15895号 | 深セン市宝安区裁判所 |
メニュー・モバイル電源 |
いいえ |
(2018)粤03民終8182号 |
広東省深セン市 中等裁判所 |
いいえ | |
(2016)京0105民初10384号 | 北京市朝陽区裁判所 |
ランドローバーレンジローバーイヴォーク 自動車 |
いいえ |
(2019)京73民終2034号 | 北京知的財産裁判所 | いいえ | |
(2013)一中民初字第7号 |
北京市第一中等 裁判所 |
J-10飛行機(戦闘機) |
いいえ |
(2014)高民(知)終字第3451号 |
北京市高等裁判所 |
いいえ | |
(2017)最高法民再353号 | 最高裁判所 | いいえ | |
(2008)沪二中民五(知)初字第187号 |
上海市第二中等裁判所 |
マンムット 子ども用チェア |
いいえ |
(2005)深中法民三初字第402号 | 広東省深セン市中等裁判所 |
テープカッタ |
いいえ |
(2006)粤高法民三終字第45号 |
広東省高等裁判所 |
いいえ |
四、 まとめ
中国の立法と司法実務は、条件を満たす芸術的美感を有する工業製品に対して、意匠権のほか、著作権法による保護を除外していない。実務において、実用芸術品が美術作品として著作権法の保護を受けた事例は少なくない。また、反不正競争法第6条も、比較的に高い知名度を有し、かつ一定の識別性を備えた製品の意匠に対して、一定の影響力のある装飾によって保護を受ける可能性を提供している。例えば、上記の「攬勝極光(レンジローバーイヴォーク)」は、著作権法の保護を受けていないにもかかわらず、反不正競争法第6条に規定されている影響力のある装飾に該当すると認定され、保護を受けた。したがって、一定のデザインを有する工業製品について、権利者は実際の状況に応じてより優れた保護方式を選択することができる。