中国弁護士 李美燕
北京魏啓学法律事務所
北京魏啓学法律事務所
中国特許法第15条第1項には「特許権を付与された機関・組織は、職務発明の発明者又は創作者に奨励を与えなければならない。発明創造の特許を実施した後、その普及応用の範囲及び取得した経済的利益に応じて、発明者又は創作者に合理的な報酬を与えなければならない。」と定められている。この規定によれば、職務発明について、特許登録後や実施後には、特許権を付与された企業は当該職務発明の発明者又は創作者に登録奨励金や合理的な実施報酬を与えるべきである。しかし、実際において、多国籍企業はグループ内の知的財産権を一括管理するために、中国子会社における職務発明を親会社又はグループ内の他の会社の名義で出願する場合がある。即ち、特許権を付与された企業は職務発明をなした従業員が在職する企業ではない。この場合、職務発明の報奨金を支払う必要があるか、支払う必要がある場合、誰が、どのように支払うべきか、といった一連の問題が生じうる。本稿は、現行特許法の規定及び裁判例を紹介しながら掲題に係る職務発明の報奨金の支払主体、支払方法について検討する。
1.特許権を付与された機関・組織のみが報奨金の支払主体になるか、特許権を付与された機関・組織は発明者が在職する機関・組織でない場合、職務発明の報奨金を支払う必要があるかについて
中国特許法第15条には職務発明の報奨金の支払主体が「特許権を付与された機関・組織」であると定められているが、上述のように、子会社の従業員による発明が親会社により特許出願される場合がある。つまり、特許権を付与された企業は職務発明をなした発明者の在職企業ではない。職務発明の発明者の在職企業と特許出願をした主体との不一致が生じる場合は他にも多くある。例えば、開発委託契約で受託会社がなした発明に係る権利は最初から委託会社に帰属すると約束する場合である。一方、職務発明の報奨金を請求する権利は従属的な権利であって、発明者が在職企業で職務発明を行う権利を有することを前提としている。そのため、発明者が自分と雇用関係を有しない特許権を付与された企業に対して報奨金を請求することは法的根拠が欠けている。このような場合に、「特許権を付与された機関・組織」のみに奨励・報酬の支払義務があるという規定にこだわると、発明者の報奨金を受ける権利の保障が困難になるであろう。
中国技術成果実用化促進法第44条第1項には「職務技術成果が実用化された後、技術成果を完成させた機関・組織は、当該技術成果の完成、実用化に重要な貢献をした者に奨励と報酬を給付する」と定められている。また、中国民法典施行前の契約法第326条には、「法人又はその他の組織は、当該職務技術成果の使用及び譲渡により得た収益から一定比率を、当該技術成果を完成させた個人への奨励または報酬に配分しなければならない」ことも定められていた。これらの規定はいずれも、企業・組織の従業員が発明創造を積極的に行い、それ相当の奨励及び報酬を受けることを奨励するという職務発明制度の立法趣旨を現している。上記契約法第326条の関連内容は民法典の策定時に削除されたが、職務発明の発明者が在職する企業に奨励・報酬を支払う義務がないというわけではなく、特許法、特許法実施細則及び上記技術成果実用化促進法に報奨金の支払いに関する詳細な規定があるから重複する部分が削除されたわけである。
張偉鋒と3M中国社との職務発明の奨励・報酬紛争事件[(2014)滬高民三(知)終字第120号)]において、上海市高等裁判所は、「3M社とその関連会社との契約により、本件発明は3Mイノベーション社が出願して特許権を付与された。しかし、発明者への報酬を定めた特許法の立法趣旨は、発明者が取得すべき労働の対償を確保することにある。当該報酬を取得する適法な権利は多国籍企業内の契約によって損なわれるべきではない。よって、3M中国社は本件発明の特許権者でなくても、原告である張偉鋒の雇用主であるため、原告に職務発明の報酬を支払う義務がある。」と判示した。
このように、司法実務において、特許権を付与された機関・組織のみが職務発明の報奨金の支払主体になるというわけではなく、職務発明をなした発明者と企業間との雇用関係により、企業としては、職務発明の報酬取得という従業員の権利を保障する義務があるという運用が取られている。
1.特許権を付与された機関・組織のみが報奨金の支払主体になるか、特許権を付与された機関・組織は発明者が在職する機関・組織でない場合、職務発明の報奨金を支払う必要があるかについて
中国特許法第15条には職務発明の報奨金の支払主体が「特許権を付与された機関・組織」であると定められているが、上述のように、子会社の従業員による発明が親会社により特許出願される場合がある。つまり、特許権を付与された企業は職務発明をなした発明者の在職企業ではない。職務発明の発明者の在職企業と特許出願をした主体との不一致が生じる場合は他にも多くある。例えば、開発委託契約で受託会社がなした発明に係る権利は最初から委託会社に帰属すると約束する場合である。一方、職務発明の報奨金を請求する権利は従属的な権利であって、発明者が在職企業で職務発明を行う権利を有することを前提としている。そのため、発明者が自分と雇用関係を有しない特許権を付与された企業に対して報奨金を請求することは法的根拠が欠けている。このような場合に、「特許権を付与された機関・組織」のみに奨励・報酬の支払義務があるという規定にこだわると、発明者の報奨金を受ける権利の保障が困難になるであろう。
中国技術成果実用化促進法第44条第1項には「職務技術成果が実用化された後、技術成果を完成させた機関・組織は、当該技術成果の完成、実用化に重要な貢献をした者に奨励と報酬を給付する」と定められている。また、中国民法典施行前の契約法第326条には、「法人又はその他の組織は、当該職務技術成果の使用及び譲渡により得た収益から一定比率を、当該技術成果を完成させた個人への奨励または報酬に配分しなければならない」ことも定められていた。これらの規定はいずれも、企業・組織の従業員が発明創造を積極的に行い、それ相当の奨励及び報酬を受けることを奨励するという職務発明制度の立法趣旨を現している。上記契約法第326条の関連内容は民法典の策定時に削除されたが、職務発明の発明者が在職する企業に奨励・報酬を支払う義務がないというわけではなく、特許法、特許法実施細則及び上記技術成果実用化促進法に報奨金の支払いに関する詳細な規定があるから重複する部分が削除されたわけである。
張偉鋒と3M中国社との職務発明の奨励・報酬紛争事件[(2014)滬高民三(知)終字第120号)]において、上海市高等裁判所は、「3M社とその関連会社との契約により、本件発明は3Mイノベーション社が出願して特許権を付与された。しかし、発明者への報酬を定めた特許法の立法趣旨は、発明者が取得すべき労働の対償を確保することにある。当該報酬を取得する適法な権利は多国籍企業内の契約によって損なわれるべきではない。よって、3M中国社は本件発明の特許権者でなくても、原告である張偉鋒の雇用主であるため、原告に職務発明の報酬を支払う義務がある。」と判示した。
このように、司法実務において、特許権を付与された機関・組織のみが職務発明の報奨金の支払主体になるというわけではなく、職務発明をなした発明者と企業間との雇用関係により、企業としては、職務発明の報酬取得という従業員の権利を保障する義務があるという運用が取られている。
また、陳海東とコカ・コーラ(上海)社との職務発明の奨励・報酬紛争事件[(2018) 滬73民初499号)]において、上海知的財産裁判所は、「本件特許は被告ではなく、被告の関連会社であるザコカ・コーラカンパニーにより特許出願されたが、被告とザコカ・コーラカンパニーは関連会社である。被告の従業員がなした発明は、ザコカ・コーラカンパニーの要望に従って、特許を受ける権利が全て無償でザコカ・コーラカンパニーに移転する。その後、ザコカ・コーラカンパニーが出願して本件特許権を付与され、関連会社が当該特許を実施し、被告から濃縮液を購入して最終製品を製造して販売する。被告も当該製品の販売から経済的利益を取得しており、つまり特許実施過程において間接的経済利益を得ている。中国特許法の規定によれば、発明創造の特許を実施した後、その普及応用の範囲及び取得した経済的利益に応じて、発明者に合理的な報酬を与えなければならない。本件はザコカ・コーラカンパニーとその関連会社との間の契約により、本件特許発明はザコカ・コーラカンパニーが出願して特許権を付与された。しかし、発明者に報酬を与えるという特許法の趣旨は、発明者の取得すべき労働の対償を確保することにある。報酬を取得する適法な権利は多国籍企業内の契約によって損なわれるべきではない。よって、被告は本件特許発明の特許権者ではなく、本件特許を直接実施もしていないにも関わらず、原告の雇用主であるため、原告に対して職務発明の報酬を支払うべきである。」と判示した。
(小括)司法実務は、奨励・報酬を取得するという発明者の適法な権利は多国籍企業内の契約によって損なわれるべきではないことを示している。よって、子会社の従業員がなした職務発明が親会社又はグループ内の他の会社の名義で特許権を付与された場合、子会社は従業員に対して合理的な職務発明の奨励・報酬を支払うべきである。
2.職務発明の奨励・報酬の支払方法について
中国特許法実施細則第76条第1項には、「特許権を付与された機関・組織は、特許法第16条に規定する奨励・報酬の方式及び金額について、発明者又は創作者と約束するか、又は自らの適法に策定した規程・制度において定めることができる。」と定められている。同細則の第77条、第78条は、特許権を付与された機関・組織が、奨励・報酬の方式及び金額について、発明者又は創作者と約束しておらず、かつ自らの適法に策定した規程・制度において定めをしなかった場合における奨励・報酬の法定支払金額・比率をさらに定めている。つまり、職務発明の奨励・報酬は、約定がある場合にはその約定に従い、約定がない場合には上記法定支払基準に従うという原則で支払われるべきである。掲題に係る職務発明の場合、職務発明者への奨励・報酬がどのような基準で支払われるべきかについては、ケース・バイ・ケースであると思われる。
1.親会社が譲渡の対価を支払わなかった場合
子会社が自社の職務発明を親会社に移転して親会社が特許出願することは、実質上、特許を受ける権利を譲渡する行為である。中国特許法には職務発明の譲渡時の報酬支払い基準に関する規定がないため、中国特許法実施細則第78条の「特許の実施を許諾した場合」に関する規定を参照することができる。即ち、特許権を付与された機関・組織が他の機関・組織又は個人にその特許の実施を許諾した場合、取得した実施料の10%以上を対価として発明者又は創作者に与えなければならない。しかし、知的財産の一括管理体制では、子会社による発明が内部の決意などに従って対価なしで親会社又はグループ内の他の会社に直接移転して特許出願されることは少なくない。このような場合には、特許の具体的な実施状況に応じて発明者に実施の報酬を与えるべきである。前述の(2014) 滬高民三(知)終字第120号の事例においても、裁判所は「職務発明の発明者又は創作者が取得すべき報酬の範囲は、特許権を付与された機関・組織が他の機関・組織又は個人にその特許の実施を許諾したことによって取得した実施料から取るだけではなく、特許権が譲渡された(特許を受ける権利が譲渡され、かつ実際に特許権を付与された場合を含む)後譲受者が当該特許を実施したり、他人に実施を許諾したりして経済的利益を獲得した後に支払うべき報酬も含む。これは、技術成果の実用化および実施の目的にも適合している。」と判示した。
また、上述した場合は譲渡の対価の支払いがないため、通常の譲渡行為と見なすことはできない。親会社が特許出願して特許権を付与された場合、発明者の奨励・報酬を取得する適法な権利を十分に保障するために、子会社は発明者に対し、特許実施の報酬に加え、中国特許法第16条に基づく特許登録の奨励金も与えるべきであると思われる。
子会社が権利の帰属や譲渡の対価などの利益を取得していないのに、従業員に奨励金を支払い、場合によっては親会社の実施行為のために報酬を支払わなければならないという状況については、本稿の検討対象外ではあるが、親会社と子会社は権利の帰属を約束する際に、職務発明の報奨金の支払いについても予め約束しておくことが好ましい。合意可能な形態は様々であるが、「公平・合理・適法」という原則に従うべきである。
(小括)子会社における職務発明が無償又は極端に低い対価で親会社に移転されて特許出願された場合、その発明が特許権を付与され実施された後、子会社は雇用主として発明者に特許登録の奨励金及び特許実施の報酬を支払わなければならない。
2. 親会社が譲渡の対価を支払った場合
実務において、開発委託や譲渡などにより、子会社がなした職務発明を親会社が所有して特許出願する場合がある。これも、実質上、特許を受ける権利を譲渡する行為である。この場合も、中国特許法実施細則第78条の「特許の実施を許諾した場合」に関する規定を参照して、開発委託費又は譲渡の対価から一定比率を職務発明の報酬として発明者又は創作者に与えることができる。さらに、職務発明条例草案(送審稿)第21条には、「機関・組織が、職務発明者への報酬について、発明者と約束ておらず、自らの適法に策定した規程・制度において定めをしなかった場合、機関・組織が知的財産権の譲渡又は他人への実施許諾をした後、譲渡又は実施許諾により取得した純利益の20%以上を報酬として発明者に与えなければならない。」と記載されていた。職務発明条例は施行されなかったが、その内容から、学界では報酬の支払いに関して譲渡と実施許諾とで同一視されていることが窺える。かつ、上述のように、技術成果実用化促進法及び旧契約法はいずれも、機関・組織が職務発明の実施・譲渡による利益から一定比率を奨励・報酬として職務発明者に配分しなければならないと定めている。特に、技術成果実用化促進法第45条第1項第(1)号には「当該職務技術成果の譲渡又は他人への実施許諾をした場合、当該技術成果の譲渡による純利益又は実施許諾による純利益の50%以上」とも定められ、この比率は中国特許法実施細則第78条の10%を大きく上回っている。
中国特許法及び技術成果実用化促進法の適用について、姜長平と鞍鋼建設集団有限公司との技術成果の創出者の署名権・名誉権・奨励権紛争事件[(2020)最高法知民終1334号]において、中国最高裁判所は、「職務発明の発明者又は創作者による奨励の請求は特許権を付与されたことを前提とし、報酬の請求は特許が実施されたことを前提とする。非特許職務技術成果をなした従業員によ奨励の請求は当該技術成果が採用されて実用化に成功したことを前提とする。」と判示した。
即ち、特許権を付与された技術成果に係る奨励・報酬の紛争は特許法が適用され、非特許技術成果の場合は技術成果実用化促進法が適用される。また、技術成果実用化促進法では、非特許職務技術的成果をなした従業員による奨励の請求は、かかる成果が採用されて実用化に成功したことを前提とする。非特許技術成果自体については、奨励を与える義務を規定する法律・行政法規がなく、企業により独自で民主的に管理されるものと考えられる。非特許技術成果自体の奨励について、企業が非特許職務技術成果をなした従業員と約束しておらず、適法に作った規程、制度においても定めをしなかった場合には、非特許職務技術成果をなした従業員による奨励の請求は法的根拠がない。
外国企業に技術成果実用化促進法が適用されるかについては、技術成果実用化促進法に民営企業や外国企業が適用対象外であるとの規定はない。また、裴大国、李朝明の技術成果創出者の署名権・名誉権・奨励権紛争事件[(2016)粵19民終9115号]において、広東省東莞市中等裁判所は、技術成果実用化促進法第45条第1項第(3)号を適用して、利益の5%で奨励・報酬を算定した。同事件の被告であるThomson Guangdong Display Devices Co.、Ltd.の大株主はフランスの会社である。つまり、外国企業に技術成果実用化促進法が適用された裁判例はすでに存在している。
なお、前述の「親会社が譲渡の対価を支払わなかった場合」とは異なり、譲渡の対価を支払った場合には、子会社は開発委託契約又は譲渡契約に基づき、発明者がなした職務発明に相当する対価を得たうえで、職務発明に係る権利及び利益を譲渡したため、親会社が特許出願して特許権を付与されても、子会社は発明者に特許登録の奨励金を支払う必要はないと思われる。即ち、親会社が支払った譲渡の対価が客観的で合理的であることを前提として、取引者が親子会社か関連会社かを問わず、取得した開発費又は譲渡の対価から一定比率を職務発明の実施報酬として発明者に支払えばよく、特許登録の奨励金をさらに支払う必要はない。
また、関連会社間で締結された開発委託契約又は譲渡契約に規定する対価は多くの要因に影響されるため、その額が客観的であるとはいえないこともある。親会社と子会社の間で締結された契約に規定する対価が合理的な額より明らかに低い場合、契約に規定する額から一定比率を発明者に配分することについて、発明者は不合理として裁判所に訴える可能性がある。このような場合、裁判所は職務発明の特性、外部市場環境に加え、さらに発明者の貢献などを考慮して合理的な報酬金額を算定する必要がある。魏慶福らと航天情報股份有限公司との職務発明の奨励・報酬紛争事件[(2016)京民再38号]において、裁判所は、2001年に施行された中国特許法実施細則第76条に基づき、被告である航天科工グループが本件特許の譲渡の対価から10%以上を発明者への報酬として支払うべきであると判断した。一審裁判所は、本件特許の実施によって取得された膨大な経済的利益を考慮し、10%以上で報酬の比率を合理的に決定するとともに、原告である魏慶福らが本件特許の発明者人数に占める割合から、原告が取得すへき報酬金額を算定した。
(小括)親会社が職務発明について合理的な譲渡対価を支払った場合、譲渡対価の一定比率を合理的な報酬として発明者に与えることができる。親会社が支払った職務発明の譲渡対価が合理的な額より明らかに低い場合、かかる額に基づいて発明者に報酬を支払うと、不合理になり、発明者の報酬取得権利が損なわれるため、調整すべきである。
3.奨励・報酬の合理性について
実務において、約束した奨励・報酬が少なくないか、一括払いができるかなどとよく質問される。司法実務においては、一定比率にせよ、一括払いにせよ、法定額と極端な差がない限り、民主的・適法な手続きを経て策定された職務発明報奨制度は合理的なものと認められる。
上記のように、奨励・報酬の支払いは約定を優先する原則に従う。約束する金額は法定基準より高くてもよいし、低くてもよい。企業が法定額よりも低い金額を支払いたい場合は発明者と約束する必要があり、発明者が法定額よりも高い奨励・報酬を得たい場合は企業と約束する必要がある。職務発明の奨励・報酬の額や支払基準について、企業は通常、職務発明規程などの社内規程制度により定めるが、規程制度の合法性、金額の合理性に留意する必要がある。
手続の合法性については、「労働紛争事件における法律適用の問題に関する最高裁判所の解釈(一)」第50条第1項には、「雇用者が労働契約法第4条の規定に基づき、民主的な手続きを通じて策定された規程制度が、国の法律、行政法規及び政策の規定に違反せず、かつ既に労働者に開示された場合には、双方当事者の権利と義務を確認するための根拠とすることができる」と規定されている。職務発明の規程制度の確立及び運用は従業員の重要な利益に関係しているため、民主的な手続きを通じて行われているかどうか、開示されているかどうかということは、規程制度の効力の有無、支払いの根拠としての有効性に大きな影響を与える。
約束した金額の合理性について、一般的に、企業の性質、産業の特徴、特許出願の目的、特許の実施可能性、所在都市の経済発展のレベルなどに合わせて締結した約束は通常、合理的なものと考えられている。約束した報奨金が極端に低い場合は、不合理なものと判断される。(2014) 滬高民三(知)終字第120号において、裁判所は「当該報奨金計画における職務発明の報酬に関する計算式は、営業利益ではなく、年間売上高を計算基準としているが、いずれにせよ、0.01%という係数は中国特許法実施細則第78条に規定する『毎年当該発明又は実用新案の実施による利益から2%以上』とは大きな差がある。よって、この報奨金計画は確かに不合理なところがある。」と判示した。奨励・報酬の基準が不合理である場合、裁判所は法定最低基準を直接適用するのではなく、実情に応じて合理的な金額を算定する。通常、特許のカテゴリー(特・実・意)、特許の実施状況、営業利益、製品の利益に対する特許の貢献及び発明者の人数などから、支払われるべき報奨金額を算定する。
(小括)職務発明の奨励・報酬の支払いは、約定がある場合には約定に従い、約定がない場合には法定基準に従うという原則で行われる。奨励・報酬の支払いをめぐる不必要な紛争を避けるために、企業としては、職務発明の奨励・報酬制度を事前に設けるべきである。また、制度の法的有効性を確保するために、民主的および適法な手続きで制度を策定することに特に留意すべきである。
まとめ
前述した幾つかの場合のほか、他の方法で子会社の職務発明を親会社の名義で出願したり、または営業秘密として保護したりする場合もある。いずれにせよ、発明者の合理的な奨励・報酬を取得する権利を保障することがポイントである。企業としては、職務発明の奨励・報酬制度を策定する際に、策定手続きの適法性、報奨金額の合理性および制度がカバーできる技術成果の種類などに留意する必要がある。
2.職務発明の奨励・報酬の支払方法について
中国特許法実施細則第76条第1項には、「特許権を付与された機関・組織は、特許法第16条に規定する奨励・報酬の方式及び金額について、発明者又は創作者と約束するか、又は自らの適法に策定した規程・制度において定めることができる。」と定められている。同細則の第77条、第78条は、特許権を付与された機関・組織が、奨励・報酬の方式及び金額について、発明者又は創作者と約束しておらず、かつ自らの適法に策定した規程・制度において定めをしなかった場合における奨励・報酬の法定支払金額・比率をさらに定めている。つまり、職務発明の奨励・報酬は、約定がある場合にはその約定に従い、約定がない場合には上記法定支払基準に従うという原則で支払われるべきである。掲題に係る職務発明の場合、職務発明者への奨励・報酬がどのような基準で支払われるべきかについては、ケース・バイ・ケースであると思われる。
1.親会社が譲渡の対価を支払わなかった場合
子会社が自社の職務発明を親会社に移転して親会社が特許出願することは、実質上、特許を受ける権利を譲渡する行為である。中国特許法には職務発明の譲渡時の報酬支払い基準に関する規定がないため、中国特許法実施細則第78条の「特許の実施を許諾した場合」に関する規定を参照することができる。即ち、特許権を付与された機関・組織が他の機関・組織又は個人にその特許の実施を許諾した場合、取得した実施料の10%以上を対価として発明者又は創作者に与えなければならない。しかし、知的財産の一括管理体制では、子会社による発明が内部の決意などに従って対価なしで親会社又はグループ内の他の会社に直接移転して特許出願されることは少なくない。このような場合には、特許の具体的な実施状況に応じて発明者に実施の報酬を与えるべきである。前述の(2014) 滬高民三(知)終字第120号の事例においても、裁判所は「職務発明の発明者又は創作者が取得すべき報酬の範囲は、特許権を付与された機関・組織が他の機関・組織又は個人にその特許の実施を許諾したことによって取得した実施料から取るだけではなく、特許権が譲渡された(特許を受ける権利が譲渡され、かつ実際に特許権を付与された場合を含む)後譲受者が当該特許を実施したり、他人に実施を許諾したりして経済的利益を獲得した後に支払うべき報酬も含む。これは、技術成果の実用化および実施の目的にも適合している。」と判示した。
また、上述した場合は譲渡の対価の支払いがないため、通常の譲渡行為と見なすことはできない。親会社が特許出願して特許権を付与された場合、発明者の奨励・報酬を取得する適法な権利を十分に保障するために、子会社は発明者に対し、特許実施の報酬に加え、中国特許法第16条に基づく特許登録の奨励金も与えるべきであると思われる。
子会社が権利の帰属や譲渡の対価などの利益を取得していないのに、従業員に奨励金を支払い、場合によっては親会社の実施行為のために報酬を支払わなければならないという状況については、本稿の検討対象外ではあるが、親会社と子会社は権利の帰属を約束する際に、職務発明の報奨金の支払いについても予め約束しておくことが好ましい。合意可能な形態は様々であるが、「公平・合理・適法」という原則に従うべきである。
(小括)子会社における職務発明が無償又は極端に低い対価で親会社に移転されて特許出願された場合、その発明が特許権を付与され実施された後、子会社は雇用主として発明者に特許登録の奨励金及び特許実施の報酬を支払わなければならない。
2. 親会社が譲渡の対価を支払った場合
実務において、開発委託や譲渡などにより、子会社がなした職務発明を親会社が所有して特許出願する場合がある。これも、実質上、特許を受ける権利を譲渡する行為である。この場合も、中国特許法実施細則第78条の「特許の実施を許諾した場合」に関する規定を参照して、開発委託費又は譲渡の対価から一定比率を職務発明の報酬として発明者又は創作者に与えることができる。さらに、職務発明条例草案(送審稿)第21条には、「機関・組織が、職務発明者への報酬について、発明者と約束ておらず、自らの適法に策定した規程・制度において定めをしなかった場合、機関・組織が知的財産権の譲渡又は他人への実施許諾をした後、譲渡又は実施許諾により取得した純利益の20%以上を報酬として発明者に与えなければならない。」と記載されていた。職務発明条例は施行されなかったが、その内容から、学界では報酬の支払いに関して譲渡と実施許諾とで同一視されていることが窺える。かつ、上述のように、技術成果実用化促進法及び旧契約法はいずれも、機関・組織が職務発明の実施・譲渡による利益から一定比率を奨励・報酬として職務発明者に配分しなければならないと定めている。特に、技術成果実用化促進法第45条第1項第(1)号には「当該職務技術成果の譲渡又は他人への実施許諾をした場合、当該技術成果の譲渡による純利益又は実施許諾による純利益の50%以上」とも定められ、この比率は中国特許法実施細則第78条の10%を大きく上回っている。
中国特許法及び技術成果実用化促進法の適用について、姜長平と鞍鋼建設集団有限公司との技術成果の創出者の署名権・名誉権・奨励権紛争事件[(2020)最高法知民終1334号]において、中国最高裁判所は、「職務発明の発明者又は創作者による奨励の請求は特許権を付与されたことを前提とし、報酬の請求は特許が実施されたことを前提とする。非特許職務技術成果をなした従業員によ奨励の請求は当該技術成果が採用されて実用化に成功したことを前提とする。」と判示した。
即ち、特許権を付与された技術成果に係る奨励・報酬の紛争は特許法が適用され、非特許技術成果の場合は技術成果実用化促進法が適用される。また、技術成果実用化促進法では、非特許職務技術的成果をなした従業員による奨励の請求は、かかる成果が採用されて実用化に成功したことを前提とする。非特許技術成果自体については、奨励を与える義務を規定する法律・行政法規がなく、企業により独自で民主的に管理されるものと考えられる。非特許技術成果自体の奨励について、企業が非特許職務技術成果をなした従業員と約束しておらず、適法に作った規程、制度においても定めをしなかった場合には、非特許職務技術成果をなした従業員による奨励の請求は法的根拠がない。
外国企業に技術成果実用化促進法が適用されるかについては、技術成果実用化促進法に民営企業や外国企業が適用対象外であるとの規定はない。また、裴大国、李朝明の技術成果創出者の署名権・名誉権・奨励権紛争事件[(2016)粵19民終9115号]において、広東省東莞市中等裁判所は、技術成果実用化促進法第45条第1項第(3)号を適用して、利益の5%で奨励・報酬を算定した。同事件の被告であるThomson Guangdong Display Devices Co.、Ltd.の大株主はフランスの会社である。つまり、外国企業に技術成果実用化促進法が適用された裁判例はすでに存在している。
なお、前述の「親会社が譲渡の対価を支払わなかった場合」とは異なり、譲渡の対価を支払った場合には、子会社は開発委託契約又は譲渡契約に基づき、発明者がなした職務発明に相当する対価を得たうえで、職務発明に係る権利及び利益を譲渡したため、親会社が特許出願して特許権を付与されても、子会社は発明者に特許登録の奨励金を支払う必要はないと思われる。即ち、親会社が支払った譲渡の対価が客観的で合理的であることを前提として、取引者が親子会社か関連会社かを問わず、取得した開発費又は譲渡の対価から一定比率を職務発明の実施報酬として発明者に支払えばよく、特許登録の奨励金をさらに支払う必要はない。
また、関連会社間で締結された開発委託契約又は譲渡契約に規定する対価は多くの要因に影響されるため、その額が客観的であるとはいえないこともある。親会社と子会社の間で締結された契約に規定する対価が合理的な額より明らかに低い場合、契約に規定する額から一定比率を発明者に配分することについて、発明者は不合理として裁判所に訴える可能性がある。このような場合、裁判所は職務発明の特性、外部市場環境に加え、さらに発明者の貢献などを考慮して合理的な報酬金額を算定する必要がある。魏慶福らと航天情報股份有限公司との職務発明の奨励・報酬紛争事件[(2016)京民再38号]において、裁判所は、2001年に施行された中国特許法実施細則第76条に基づき、被告である航天科工グループが本件特許の譲渡の対価から10%以上を発明者への報酬として支払うべきであると判断した。一審裁判所は、本件特許の実施によって取得された膨大な経済的利益を考慮し、10%以上で報酬の比率を合理的に決定するとともに、原告である魏慶福らが本件特許の発明者人数に占める割合から、原告が取得すへき報酬金額を算定した。
(小括)親会社が職務発明について合理的な譲渡対価を支払った場合、譲渡対価の一定比率を合理的な報酬として発明者に与えることができる。親会社が支払った職務発明の譲渡対価が合理的な額より明らかに低い場合、かかる額に基づいて発明者に報酬を支払うと、不合理になり、発明者の報酬取得権利が損なわれるため、調整すべきである。
3.奨励・報酬の合理性について
実務において、約束した奨励・報酬が少なくないか、一括払いができるかなどとよく質問される。司法実務においては、一定比率にせよ、一括払いにせよ、法定額と極端な差がない限り、民主的・適法な手続きを経て策定された職務発明報奨制度は合理的なものと認められる。
上記のように、奨励・報酬の支払いは約定を優先する原則に従う。約束する金額は法定基準より高くてもよいし、低くてもよい。企業が法定額よりも低い金額を支払いたい場合は発明者と約束する必要があり、発明者が法定額よりも高い奨励・報酬を得たい場合は企業と約束する必要がある。職務発明の奨励・報酬の額や支払基準について、企業は通常、職務発明規程などの社内規程制度により定めるが、規程制度の合法性、金額の合理性に留意する必要がある。
手続の合法性については、「労働紛争事件における法律適用の問題に関する最高裁判所の解釈(一)」第50条第1項には、「雇用者が労働契約法第4条の規定に基づき、民主的な手続きを通じて策定された規程制度が、国の法律、行政法規及び政策の規定に違反せず、かつ既に労働者に開示された場合には、双方当事者の権利と義務を確認するための根拠とすることができる」と規定されている。職務発明の規程制度の確立及び運用は従業員の重要な利益に関係しているため、民主的な手続きを通じて行われているかどうか、開示されているかどうかということは、規程制度の効力の有無、支払いの根拠としての有効性に大きな影響を与える。
約束した金額の合理性について、一般的に、企業の性質、産業の特徴、特許出願の目的、特許の実施可能性、所在都市の経済発展のレベルなどに合わせて締結した約束は通常、合理的なものと考えられている。約束した報奨金が極端に低い場合は、不合理なものと判断される。(2014) 滬高民三(知)終字第120号において、裁判所は「当該報奨金計画における職務発明の報酬に関する計算式は、営業利益ではなく、年間売上高を計算基準としているが、いずれにせよ、0.01%という係数は中国特許法実施細則第78条に規定する『毎年当該発明又は実用新案の実施による利益から2%以上』とは大きな差がある。よって、この報奨金計画は確かに不合理なところがある。」と判示した。奨励・報酬の基準が不合理である場合、裁判所は法定最低基準を直接適用するのではなく、実情に応じて合理的な金額を算定する。通常、特許のカテゴリー(特・実・意)、特許の実施状況、営業利益、製品の利益に対する特許の貢献及び発明者の人数などから、支払われるべき報奨金額を算定する。
(小括)職務発明の奨励・報酬の支払いは、約定がある場合には約定に従い、約定がない場合には法定基準に従うという原則で行われる。奨励・報酬の支払いをめぐる不必要な紛争を避けるために、企業としては、職務発明の奨励・報酬制度を事前に設けるべきである。また、制度の法的有効性を確保するために、民主的および適法な手続きで制度を策定することに特に留意すべきである。
まとめ
前述した幾つかの場合のほか、他の方法で子会社の職務発明を親会社の名義で出願したり、または営業秘密として保護したりする場合もある。いずれにせよ、発明者の合理的な奨励・報酬を取得する権利を保障することがポイントである。企業としては、職務発明の奨励・報酬制度を策定する際に、策定手続きの適法性、報奨金額の合理性および制度がカバーできる技術成果の種類などに留意する必要がある。