北京魏啓学法律事務所
中国弁護士 陳 傑
中国弁護士 陳 傑
中国には、ディスカバリー制度がなく、主張する側が立証すべきであるという立証原則を適用しているため、原告は重い立証責任を負わなければならない。侵害行為の存在を証明するだけではなく、高額の賠償金を望む場合、権利者の損失又は侵害者が侵害により得た利益も証明しなければならない。
「立証が難しく、賠償額が低い」という専利権侵害訴訟における問題を解決するために、2016年4月1日より正式に施行された「最高裁判所による専利権侵害をめぐる紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)」(以下「専利権侵害司法解釈二」という)において、侵害行為により得た利益にかかる証拠開示命令制度が正式に導入された。
弊所はこれまで、数多くの専利権侵害訴訟事件において同制度を成功裏に運用してきた。具体的には、裁判所に対して、侵害者に侵害行為により得た利益にかかる証拠を提出することを命じるように請求し、且つ侵害者が関連証拠を提出できなかったため、裁判所は当方の100万元以上の高額の損害賠償請求を全額支持してくれた。
1、法律規定
証拠開示命令制度は専利権侵害司法解釈二第27条に「権利者が侵害行為に起因して被った実質的な損失の確定が困難である場合、裁判所は、専利法第 65 条第 1 項の規定に基づき、権利者に対し、侵害者が侵害行為により得た利益について立証するよう求めなければならない。侵害者が得た利益の初歩的な証拠を権利者がすでに提供したにもかかわらず、専利権侵害行為に関わる帳簿、資料を主として侵害者が把握している状況において、裁判所は、侵害者に対し、当該帳簿、資料の提供を命じることができる。侵害者が正当な理由なくして提供を拒否するか又は虚偽の帳簿・資料を提供した場合、裁判所は、権利者の主張と提供した証拠に基づき、侵害行為によって得た利益を認定することができる。」と規定されている。
同規定は実際に『最高裁判所による「中華人民共和国民事訴訟法」の適用に関する解釈』における証拠開示命令制度(第112条:書証が相手の当事者に支配されている場合、立証責任を負う当事者は立証期間が満了する前に、相手側当事者が提出するよう命じることを裁判所に書面で請求することができる。)及び「民事訴訟証拠に関する若干の規定」における立証妨害にかかる推定規則(第75条:一方の当事者が証拠を持つものの、正当な理由なしに提供を拒否することを証明する証拠を持つ場合、相手の当事者が同証拠の内容が証拠の所有者に不利だと主張するならば、同主張が成立すると推定できる。)に由来する専利権侵害司法解釈二の規定は、明らかにより適合性を有し、主に専利権侵害訴訟における侵害行為により得た利益にかかる証拠に適用するものであり、権利者の立証責任を減らし、高額の賠償金を得るチャンスを増やすことを目的とするものである。
2、適用条件
司法解釈の規定からみれば、同命令制度の適用条件は「権利者は侵害者が侵害により得た利益の初歩的な証拠をすでに提供したが、専利権侵害行為にかかる帳簿、資料は主に侵害者により支配されている」ことである。「専利権侵害行為にかかる帳簿、資料は主に侵害者により支配されている」ことが明らかであることに鑑み、権利者は、侵害者が得た利益の初歩的な証拠を提出できさえすればよいのである。
「侵害者が得た利益の初歩的な証拠」について、現在の司法実践からみれば、裁判所における基準はそれほど厳格ではない。初歩的な証拠とは、得た確実な利益を証明できる完全な証拠というわけではなく、それを推定できる証左でよいのである。侵害者が得た利益の計算式は、侵害製品の販売数×侵害製品1つ当たりの利益であるため、権利者は「侵害製品の販売数」及び「侵害製品1つ当たりの利益」に対して初歩的に立証する必要がある。
また、司法実践において、「侵害製品の販売数」に対する最も一般的な初歩的な立証方法は、インターネットに表示された製品の販売データを収集することである。弊所が代理した多くの高額の賠償事件ではいずれも、ECフラットフォームにおける販売数及び評価に関する情報をできる限り収集することで、侵害製品の販売期間を推定し、販売数を算出したのである。一方、オンラインで販売されていない侵害製品について、初歩的な立証方法は事件ごとの具体的な情況に基づいて判断している。例えば、弊所が代理したある事件では、弊所は税務局が保存している侵害者の納税記録のデータ原本を取得するように、裁判所に請求し、それらのデータ原本から被疑侵害製品の販売数を抽出したり、推測したりしたのである。
また、「侵害製品1つ当たりの利益」について、権利者にとって証明するのはより困難である。そのため、客観的な立証の困難性から、裁判所のその立証に対する要求がより低くなっている。権利者は通常、自社製品の利益情況、業界における平均的な利益情況又は同業他社の利益情況などを立証することによって、証明することができる。また、侵害者の会社の全体的な利益率及び侵害製品の価格に基づいて、推定することもできる。
3、適用手続と結果
証拠開示命令の運用手続きについて、裁判所によってそのやり方は異なっている。例えば、北京又は上海の知的財産裁判所においては、裁判官は予備会議又はヒヤリングで基本的な侵害事実を審理し、侵害に該当する可能性が比較的に高いと初歩的に判断し、且つ原告が提出した侵害により得た利益にかかる証拠を審理し、侵害により得た利益が初歩的に証明できると判断した場合、被告である侵害者に一定の期間内に侵害製品の利益取得にかかる財務資料を提出するよう口頭で要求するものである。それに対して、広東省の裁判所はより正式的に、書面による裁定を下し、裁判所が合理的だと考える証拠材料を提出するよう被告に命じるものである。
被告が期間内に関連証拠を提出できなかった場合、立証妨害の推定規則に従い、裁判所は原告の証拠及び請求に基づいて審理することで、賠償額を判定する。
被告が関連証拠を提出した場合、改めて証拠調べに入る必要がある。原告が被告によって提出された証拠に対して意見を述べた後に、裁判所は同証拠が採用できるか否かを判断する。通常、被告によって提出された証拠が一面的な統計データ又は説明である場合、裁判所が採用する可能性は低いため、証拠を提出しなかったことにあまり変わりはない。
被告より大量の帳簿材料が提出された場合、手続きはより複雑になる。裁判所が同証拠の真実性を認めた場合、会計事務所がそれらの帳簿に基づいて、被疑侵害製品の利益を監査・計算するという司法監査手続きに入る必要がある。司法監査は長い時間がかかる上に、監査費用を権利者が立て替える必要があるが、侵害企業の財務記録は正規でないことが多いので、最終的な監査結果によって示された侵害により得た利益は少なく、ひいては全くない可能性もある。権利者にとって、時間と金銭的な負担だけがかかり、却って良い結果を得られないというリスクもある。
4、まとめとアドバイス
現在の司法実践において、裁判所は侵害により得た利益にかかる証拠開示制度の運用に対して通常、比較的積極的な態度をとっている。それに、一般的な情況で、判決結果は権利者にとって有利である。しかし、前述したように、同制度の運用には一定のリスクもはらんでいるため、全ての事件で相手に侵害により得た利益にかかる証拠を提出することを命じるように、裁判所に請求すべきであるというわけではない。権利者は事件の具体的な情況を考慮し、最も有利な権利行使のやり方を選ぶ必要がある。