中国弁護士 陳 傑(Sai CHEN)
北京魏啓学法律事務所
北京魏啓学法律事務所
はじめに
2020年4月23日に、中国最高裁判所は『最高裁判所の知的財産事件年度報告書(2019)』を発表した。この年度報告書は、2019年に中国最高裁判所で裁判が完了した知的財産権事件から、典型的な事件を60件選択し、指針となる法律適用の問題を67点整理したものであり、知的財産分野における新規な事件、難しい事件、複雑な事件に関する中国最高裁判所の審理方針および裁判方法を反映している。
この報告書における7番目の判例として、再審請求人である株式会社MTGと、被請求人である広州市白雲区聖潔美美容機器工場、広州市聖潔美美容科学技術有限公司との意匠権侵害紛争事件【(2019)最高裁民再142号】は、意匠権侵害における類否判断の基本的な原則の法律適用問題に関するものである。この事件において、中国最高裁判所は「意匠権侵害の類否判断では、共通点と差異点とを含む視認可能な構成要素はすべて対比分析の範囲に含まれる。一方、構成要素の一部は、その特殊性のため、対比分析時に特に検討する必要があっても、それ以外の構成要素は、無視できるというわけではなく、単に全体の視覚効果に対する影響が比較的小さいだけである。」と判示した。
この事件の一審、二審及び再審はすべて弊所が担当したので、本稿において、この事件を整理することにより、現在の司法実務における意匠類否判断の現状及び留意点について検討する。読者様のご参考になればと思う。
I.事件の経緯
株式会社MTG(以下、「MTG社」という。)は美容及び健康製品に取り組んでいる有名な日系企業である。そのReFaシリーズの美容用ローラーは「痩顔の神器」として知られ、世界中で人気がある。この人気商品はすぐに模倣の対象となった。特にその意匠を模倣したものは、しばらくの間、美容製品市場に溢れている。自社の適法な権益及び消費者の利益を保護するために、MTG社は侵害品に対して行動を取ることにした。
2016年5月、弊所はMTG社の代理人として、ReFaシリーズの模倣品を多く製造した広州市白雲区聖潔美美容機器工場及び広州市聖潔美美容科学技術有限公司を被告として広州知的財産裁判所に4件の意匠権侵害訴訟を提起した。2016年11月、広州知的財産権裁判所は審理を経て4件に対して判決を下した。裁判所は、差異がほとんどない3件の侵害被疑品については意匠権に類似するとして侵害にあたると判断したが、若干差異のあるReFa CARAT製品に関する事件については、(2016)粤73民初722号民事判決を下し、侵害被疑品が本件意匠に類似するものではないとして当方の請求を棄却した。
当方はこの一審判決に不服があり、2016年12月に広東省高等裁判所に上訴したが、広東省高等裁判所は2017年5月に、当方の上訴を棄却し、原判決を維持する旨の(2017)粤民終178号民事判決を下した。
2017年12月、当方は中国最高裁判所に再審を請求した。2018年12月25日に、最高裁判所は本件を再審するとともに原判決の執行を中止する旨の(2018)最高法民申890号民事裁定を下した。
2019年12月、最高裁判所は被疑侵害意匠が本件意匠の範囲に属し、侵害にあたるとして、一審・二審判決を取り消し、被告が侵害差し止め及び損害賠償の責任を負う旨の再審判決を下した。
II. 裁判所の判断について
本件の争点は主に、侵害被疑品が本件意匠の範囲に属するか否かということにあった。一・二審裁判所と再審裁判所は全く異なる結論を出した。意匠権侵害における類否判断の原則及び手順は本件の代表性の理由となる。
本件意匠と侵害被疑品との図面の比較は以下のとおりである。
● 一審裁判所の判断
本件意匠の図面、簡単な説明及び公知意匠から以下のことが分かる。
1.本件意匠と公知意匠との共通点は主に、
(1)全体の構造は同一であり、いずれもハンドルと、リンクロッドと、マッサージヘッドとの3部分からなる点と、
(2)ハンドルとリンクロッドは全体としてY字状に形成され、2本のリンクロッドのそれぞれには同じマッサージヘッドが連結されている点と、
(3)マッサージヘッドの全体は略球体である点とにある。
したがって、本件意匠のY字状の本体と2つの球体とを組み合わせた構成が公知意匠に共通するものであるとした被告の主張は合理的であるため、本裁判所は認めた。
2.公知意匠に比べる本件意匠の特徴点は、
(1)ハンドルは全体としてアーチ状に湾曲し、湾曲度が比較的小さい点と、
(2)ハンドルは丸みのある楕円体であり、その上面には小さな楕円形の透明な上部カバーが設けられている点と、
(3)マッサージヘッドはリンクロッド側の端部が細くなっており、全体として梨のような形になっている点と、
(4)マッサージヘッドのウェストには2本の平行な円周線が形成され、マッサージヘッドの表面にはウェストから両端までそれぞれ5本の円周線と斜めの十字線とにより区画された三角形のカット面が密に形成されている点と、
(5)マッサージヘッドのトップは同じ頂点を有する三角形のカット面が発散して環状に連結されてなる点と、にある。
3.被疑侵害意匠と、公知意匠に比べる本件意匠の特徴点とを比較すると、両者の差異点は、
(1)本件意匠ではハンドルは全体としてアーチ状に湾曲し、湾曲度が比較的小さいのに対して、侵害被疑品ではハンドルは全体として略S字状に湾曲し、ハンドルのマッサージヘッド側がかなり湾曲している点と、
(2)本件意匠ではハンドルは丸みのある楕円体であり、その上面には小さな楕円形の透明な上部カバーが設けられているのに対して、侵害被疑品ではハンドルは前方から後方へ次第に広くなっていき、尾部が狭くなるとともに反っており、その上面には小さな六角形の透明な上部カバーが設けられている点と、
(3)本件意匠ではマッサージヘッドはリンクロッド側の端部が細くなっており、全体として梨のような形になっているのに対して、侵害被疑品では2つのマッサージヘッドは円球体に形成されている点とに、
(4)本件意匠ではマッサージヘッドのウェストには2本の平行な円周線が形成され、マッサージヘッドの表面にはウェストから両端までそれぞれ5本の円周線と斜めの十字線とにより区画された三角形のカット面が密に形成されているのに対して、侵害被疑品ではマッサージヘッドのウェストには平行な円周線はなく、マッサージヘッドのウェストから両端までそれぞれ3本の円周線と斜めの十字線とにより区画された比較的大きな三角形のカット面が形成されている点と、
(5)本件意匠ではマッサージヘッドのトップは同じ頂点を有する三角形のカット面が発散して環状に連結されているのに対して、侵害被疑品ではトップは円形であり、その周りに等脚台形のカット面が連結されている点と、にある。
以上より、被疑侵害意匠は、公知意匠に比べる本件意匠の特徴点をすべて備えるものではない。一方、被疑侵害意匠と、本件意匠の特徴点ではない構成要素とを比較すると、両者は類似するものである。公知意匠に比べる本件意匠の特徴点は、これ以外の構成要素よりも全体の視覚効果に影響を与えている。また、本件意匠に関する無効審判請求の審決にも説示されたように、本件意匠に係る製品は美容用ローラーであり、このような製品の使用感には重要な部品であるマッサージヘッドは、消費者が特に注意を寄せるものであり、その変化が大きくなくても全体の視覚効果に大きな影響を与えるため、局所的な微差ではない。したがって、全体的な対比及び総合的な判断により、本裁判所は侵害被疑品と本件意匠とが全体の視覚効果で顕著に相違し、侵害被疑品が本件意匠の範囲外であるとした。
●二審裁判所の判断
侵害被疑品と本件意匠とを比較すると、両者ともマッサージヘッドとリンクロッドとハンドルとの3部分からなり、ハンドルとリンクロッドは全体として外延部が短いY字状に形成され、リンクロッドの末端にはそれぞれ同じマッサージヘッドが連結されており、マッサージヘッドの表面には三角形のカット面が均一に形成されている。
両者の差異点は主に、
①本件意匠では、マッサージヘッドはリンクロッド側の端部が細くなっており、全体として梨のような形となり、マッサージヘッドのウェストは2本の平行な線が周方向に形成され、トップは同じ頂点を有する三角形のカット面が環状に連結されているのに対して、侵害被疑品では、マッサージヘッドは円球体に形成され、ウェストには三角形のカット面からなるリング線が1本しか形成されておらず、トップは球面と、環状に連結される等脚台形のカット面とからなる点と、
②本件意匠では、ハンドルは全体としてアーチ状に形成され、湾曲度が比較的小さく、その上面には楕円形の上部カバーが設けられているのに対して、侵害被疑品では、ハンドルは略S字状に形成され、マッサージヘッド側がかなり湾曲しており、その上面には六角形の上部カバーが設けられている点と、にある。
美容用マッサージ具は、マッサージ部と、ハンドルとの2部分からなるのが一般的である。このような製品の使用感には重要なものであるマッサージ部は、消費者が特に注意を寄せるものであり、その変化が大きくなくても全体の視覚効果に大きな影響を与える。また、ハンドルは美容用マッサージ具の重要な構成部分として、具体的な形状について創作の余地が広い。「全体的に観察し、総合的に判断する」という原則によれば、侵害被疑品と本件意匠とのマッサージヘッドやハンドル等に関する上記の差異点は、意匠全体の視覚効果に大きな影響を与えるといえる。侵害被疑品が本件意匠の範囲外であるとした一審裁判所の認定は妥当であり、認めるものとする。
●再審裁判所の判断
本件において、本件意匠と被疑侵害意匠との共通点・差異点に関する一・二審判決の判断は大体一致している。後述の対比分析の便宜上、本裁判所は図面を単位として以下のように改めて整理する。
1.共通点・差異点について
(1)平面・底面図
【共通点】両者とも、「Y字状のハンドル+2本のマッサージヘッド」の構造を有し、「Y」の2本の分岐連結部は比較的短く、マッサージヘッドは略球体であり、球体の表面は不規則なカット面からなり、ハンドルはローラー側の端部から、ローラーから遠い端部へ「細―太―細」との変化を示している。
【差異点】本件意匠では、マッサージヘッドはリンクロッド側の端部が細くなっているため、全体として梨の形になっており、ウェストには2本の平行な円周線があり、そのカット面が比較的小さく、ハンドルの上面には楕円形の上部カバーが1つ設けられているのに対して、被疑侵害意匠では、マッサージヘッドはより丸く、ウェストには円周線はなく、カット面が比較的大きく、ロッドの上面には六角形の上部カバーが1つ設けられている。
(2)正面・斜視図
【共通点】平面・底面図と同じである
【差異点】本件意匠ではハンドルは全体としてアーチ状に形成され、湾曲度が比較的小さいのに対して、被疑侵害意匠ではハンドルはアーチ状に形成され、湾曲度が比較的大きく、且つ、末端が反っている。
(3)左側面図
【共通点】平面・底面図と同じである。
【差異点】マッサージヘッド表面上のカット面の密度が異なっている。本件意匠ではハンドルは末端が垂れ下がっているのに対して、被疑侵害意匠ではハンドルの末端が見えない。
2.全体の視覚効果に対する影響について
当事者が提出した公知意匠、及び本件意匠に関する無効審判請求の審決によれば、公知意匠に比べる本件意匠の特徴点は主に、マッサージヘッドの形状、表面の構成及びリンクロッドへの取付形態、ハンドルの湾曲度及び形状、ならびに、リンクロッドの長さ、延在形態等にある。また、本件意匠及び被疑侵害意匠に係る製品はいずれも美容用マッサージ具であり、手持ちによる使用が多くてハンドルの少なくとも一部が遮蔽されるため、マッサージヘッド部の構成要素はハンドル部の構成要素よりも注意を惹きやすい。
さらに、このような美容用マッサージ具は「1本のハンドル+2本のマッサージヘッド」との基本構造を有するのが一般的であるが、機能の実現が影響されないことを前提に、この構造は代替形態が多くある。例えば、マッサージヘッドは球体であっても、円柱体であってもよく、その表面は滑らかなものであっても、ツボ付きのものであってもよい。ハンドルは直棒状、扁平状であってもよく、凹みを持つ形状等であってもよい。リンクロッドはY字状であっても、T字状であってもよく、マッサージヘッドに挿通・支持・クランプするものであってもよい。よって、上記の構成要素は創作の余地が広く、被疑侵害意匠は十分に大きな変化を有しないと、本件意匠と差別化できない。
3.被疑侵害意匠と本件意匠との対比分析
マッサージヘッド部については、被疑侵害意匠は本件意匠と同様の略球体のマッサージヘッドを採用するとともに、その表面にカット面を有する。本件意匠のマッサージヘッドの尾部がやや膨らんでいることに加えて両者のカット面の形状及び密度も異なるが、マッサージヘッドの体積や表面積に占める割合が小さい上記差異点は一般消費者が発覚しにくい局所的な微差である。
ハンドル部については、被疑侵害意匠のハンドルと本件意匠のハンドルとも、滑らかに湾曲した、中央部が太く、両端部が細いアーチ形状を呈するものである。被疑侵害意匠は本件意匠よりもハンドルが湾曲しており、末端が反っているが、公知意匠では、ハンドルは直棒状のものが多く、また、反り部は通常使用時に遮蔽されやすい尾部にあるため、ハンドル部の差異点も局所的な微差である。
以上の対比分析から、被疑侵害意匠は本件意匠の範囲に属すると判断できる。一・二審判決は、共通点の無視できない役割を十分に考慮しておらず、差異点の役割を評価する際に、創作の余地に関する方針を正確に適用しなかったため、全体の視覚効果に関する対比分析では誤った結論を導き出した。本裁判所はこれを是正する。
III.意匠権侵害における類否判断の基本的な原則及び手順
周知のように、中国の意匠類否判断の原則は「全体的に観察し、総合的に判断する」というものである。中国では、意匠は商標や不正競争事件のように、「混同性」を類否判断の根本的な基準として適用することができない。また、中国の意匠は無審査で登録になるため、特許と比べれば、権利範囲がそれほど明確なものではない。如何にして全体的に観察し、総合的に判断するかについては、司法実務において、基準及び手法の不統一、不明確なところが多い。このため、意匠の類否判断はかなり自由度が大きいと思われている。
近年、中国最高裁判所が毎年発表した『知的財産権司法保護判例10件』、『典型的な判例50件』及び『最高裁判所の知的財産事件年度報告書』には意匠権侵害事件の判例が数多く選ばれており、その割合は特許権侵害事件や実用新案権侵害事件よりも遥かに高かった。これは、意匠権侵害事件の数が特許権侵害事件や実用新案権侵害事件よりも多かったという理由もあるが、意匠権侵害紛争の対処では複雑で様々な法律問題があることも理由の一つであった。中国最高裁判所は、典型的な判例の解説により、意匠類否判断の基準の明確化及び一致化を図ろうとしている。
本件では、中国最高裁判所は再審判決書において、意匠類否判断の手法を詳しく論述するとともに、判断の手順を明示した。具体的には、類否判断にあたり、通常「(1)一般消費者の立場から本件意匠と被疑侵害意匠との共通点・差異点を客観的かつ全般的に整理する。(2)公知意匠を参照し、製品の通常の使用を前提として、公知意匠に比べる特徴点および直接観察されやすい構成要素を判断する。(3)各々の創作余地の広さを考慮しながら、全体の視覚効果に対する上記特徴点・構成要素の影響度を一つずつ評価する。(4)「全体的に観察し、総合的に判断する」という原則に戻って結論を導き出す。」という手順に従って判断することができる。
1.一般消費者の立場から、共通点・差異点を全般的に整理する。
(1)一般消費者の立場
意匠の判断主体である一般消費者の認定が類否判断に影響を与えることは言うまでもない。
一般消費者の定義について、中国特許審査基準(2010年版)の第四部第五章の4.には、一般消費者の特徴に関する明確な規定がある。
「①本件意匠の出願日より前の同一又は類似の物品の意匠やその慣用手法について、常識程度の認識を持っている。例えば自動車の場合、その一般消費者は、市販の自動車や、よくマスコミで見られるような自動車広告に開示された情報などについて、ある程度の認識を持っている。
②意匠に係る物品同士の形状や模様、色彩の差異点について、ある程度の識別力を備えているが、物品の形状や模様、色彩のわずかな変化には気づかない。」
一般消費者の上記特徴からすれば、①一般消費者は公知意匠について常識程度の認識を持っており、すなわち、公知意匠に比べる本件意匠の特徴点の存在を発見することができる。②視覚効果に影響を与えない程度の差異点は、一般消費者が発見できなければ、微差であるといえる。
本件の審理では、「本件意匠に係る製品の一般消費者は、生活の細部にこだわる女性であり、使用体験及び美的体験に影響し得る差異点に特に注意を寄せることで、視覚上の混同の発生を避けることができる」とした被告の主張について、当方は「一般消費者は製品の使用者を指すというわけではなく、仮想上の主体であり、公知意匠について常識程度の認識を持っているという特徴があるので、被疑侵害意匠が本件意匠の特徴点を採用したことのほうが発見しやすい。」と反論した。
(2)共通点・差異点の全般的な整理
本件意匠と被疑侵害意匠との各図面を比較し、そして共通点及び差異点を整理することは本来、類否対比の基本的な手法である。
しかし、近年では、裁判所が共通点を無視して差異点のみに関心を寄せるという傾向は多くの事件から見られている。すなわち、これらの裁判所が採用していた判断手法は、「本件意匠と被疑侵害意匠との差異点を見出し、そして差異点が観察されにくい箇所にあるか、特徴点であるかによって、全体の視覚効果に影響を与えるかを判断する。具体的には、観察されやすい箇所にあるか、又は特徴点である場合、この差異点が全体の視覚効果に影響を与え、非類似であると判断する。一方、観察されにくい箇所にありながら特徴点ではない場合、この差異点が全体の視覚効果に大きな影響を与えず、類似すると判断する。」というものである。
この判断手法は、ある程度の合理性を有し、操作が簡単で、多くの場合には結論も正しいことは否定できないが、共通点が直接無視されるため、全体の視覚効果に対する共通点の影響が無視されるという問題が潜在している。さらに、本件意匠の革新的なデザインをほとんど採用した模倣者が、観察されやすい箇所に一般的な手法により差異点を少し加えるだけで、責任を逃れることも可能になることから、イノベーションを奨励するという立法の趣旨に反することは明らかである。
このような判断手法を是正するために、これを批判する代表的な裁判例が多く発表された。例えば、本件では、最高裁判所は「共通点と差異点とを含む視認可能な構成要素はすべて対比分析の範囲に含まれる」ことを明確にするとともに、「一・二審判決は共通点の無視できない役割を十分に考慮しなかった」と指摘した。『中国2018年知的財産権司法保護判例10件』に選ばれた「陸風SUV」意匠権無効審判審決取消請求事件(以下、「ランドローバー事件」という。)では、二審裁判所である北京市高等裁判所は、(2018)京行終4169号民事判決書において、「一審裁判所は全体の視覚効果に対する各共通点の影響度を具体的に検討しておらず、差異点のみを分類整理して検討しただけで、差異点の組み合わせによる視覚上の差異が意匠全体に対して、一般消費者が本件意匠全体の視覚効果を引用意匠全体の視覚効果と区別して認識できるほどの大きな影響を与えているとして、両者に明らかな相違があるという結論を導き出した。上記の認定は『全体的に観察し、総合的に判断する』という方法の不適切な適用である。」と指摘した。
2.公知意匠を参照し、製品の通常の使用を前提として、公知意匠に比べる特徴点および直接観察されやすい構成要素を判断する。
(1)直接観察されやすい構成要素
製品の通常の使用を前提として直接観察されやすい構成要素であるかを判断することは比較的客観的かつ容易である。例えば、タイヤの場合、サイドウォール及びショルダー部は直接観察されやすい箇所ではなく、メインのトレッドが、比較される主な箇所であると考えられるのが一般的である。一方、机に置かれる製品の場合、ベースの底部は直接観察されやすいものではないと考えられる。
本件では、当方は「本件の美容用ローラーは通常の使用時に手で持つ必要があり、その際に手のひらがハンドルの尾部を覆うことは必然的である。侵害被疑品も使用時には同様である。したがって、ハンドルの尾部は全体の視覚効果に大きな影響を与えない。」と主張した。
最高裁判所は再審判決書において当方の主張を認め、「本件意匠及び被疑侵害意匠に係る製品はいずれも美容用マッサージ具であり、手持ちによる使用が多くてハンドルの少なくとも一部が遮蔽されるため、マッサージヘッド部の構成要素はハンドル部の構成要素よりも注意を惹きやすい。」とした。
(2)特徴点の判断
観察されやすい構成要素の判断に比べて、特徴点の判断はこのステップの重要で難しいところである。
『中国2010年知的財産権司法保護判例10件』に選ばれた本田SUV意匠無効審判審決取消請求事件から、公知意匠に比べる特徴点が全体の視覚効果に対してより大きな影響を与えるということは、中国最高裁判所が多くの判例において繰り返して強調した。さらに、この方針は【法釈〔2009〕21号】『特許権紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈』という司法解釈の第11条によって明文化されている。「要部」という概念は中国の意匠制度から削除されたが、公知意匠に比べる特徴点は、全体の視覚効果に対してより大きな影響を与えるため、実質上、意匠の「要部」となっている。
『中国2015年知的財産権司法保護判例10件』に選ばれた浙江健龍サニタリー有限公司と高儀公司との意匠権侵害紛争事件(以下、「シャワーヘッド事件」という。)では、中国最高裁判所は(2015)民提字第23号再審判決書において、「公知意匠を本件意匠と、被疑侵害意匠とそれぞれ比較して、公知意匠に比べる本件意匠の特徴点を整理した」と明確に記載した。その判断手順及びロジックは、「①特徴点は本件意匠の革新的なものとして、本件意匠を公知意匠と差別化することができるとともに、全体の視覚効果の判断に効果的な影響を与えることができる。このため、まず本件意匠を公知意匠と比較して特徴点を判断すべきである。②侵害被疑品は全体の視覚効果に大きな影響を与える特徴点を複数備えるため、公知意匠と実質的に相違するものである。このため、公知意匠の抗弁は成立しない。逆に、侵害被疑品は公知意匠に比べる登録意匠の特徴点をすべて備えるものでなければ、通常、登録意匠に類似するものではないと推定できる。」というものであった。
この事件からすれば、被疑侵害意匠が特徴点をすべて備えなければ、類似するとは判断されないほど、特徴点は意匠の類否判断に極めて大きい影響を与える。
本件の一審判決が、上記事件に対する最高裁判所の判決からの影響を受けたことは明らかである。前述した一審判決の判断からすれば、一審判決は、まず、被告が提出した公知意匠の抗弁のための先行意匠を本件意匠と比較することにより特徴点を判断し、そして、被疑侵害意匠と上記特徴点との対比分析を行った上で、「被疑侵害意匠は公知意匠に比べる本件意匠の特徴点をすべて備えるものではない」ことを理由に、両者は類似するものではないと判断した。
実際には、「シャワーヘッド事件」がその年の十大事件として発表されたとき、人々の懸念が引き起こされた。「こうすると、革新的なデザイン、つまり特徴点が多いほど、かえって権利範囲が狭くなる。被疑侵害者は他人の意匠を模倣する際に特徴点を1つさえ回避すれば、権利範囲から逃げることができる。つまり、侵害にならずに模倣できることを図るための便利な方法を被疑侵害者に提供してしまう。権利者の適法な権益の保護及びイノベーションへの奨励にはマイナスの影響を及ぼすことは必然的である。」という懸念もあれば、「特徴点の判断について如何に考慮すべきか。司法実務からすれば、特徴点を判断するための比較用のものとして、被疑侵害者が提出した公知意匠の抗弁のための先行意匠又は無効審判請求のための先行意匠が用いられることが多い。無効審判又は侵害訴訟において被疑侵害者が提出した先行意匠と本件意匠との差異が大きい場合、特徴点として認定されるものが多くなり、且つ、すべてが正真正銘の革新的なデザインであるとは限らない。被疑侵害意匠は、上述のように認定された「特徴点」と異なるものが1つさえあれば、権利範囲に入ることから逃げる機会がある。」という懸念もあった。
以上の懸念は本件において現実となった。これは最高裁判所の「シャワーヘッド事件」が間違って解読された結果であると言える。
例えば、最高裁判所がシャワーヘッド事件の再審判決書において述べたように、公知意匠と差別化できる識別可能な革新的デザインを持つ意匠のみが意匠権を取得できるものである。この革新的なデザインが登録意匠の特徴点である。このため、公知意匠との差異点がすべて意匠の特徴点であるわけではないことは明らかである。公知意匠と差別化できる識別可能な革新的デザインでなければ、意匠の特徴点ではない。
本件では、一審裁判所が整理した本件意匠と先行意匠との差異点は、すべて公知意匠と差別化できる識別可能な効果を生み出せるものであるとは限らない。例えば、特徴点(1)における具体的な湾曲度、特徴点(2)におけるハンドルの表面上の透明な上部カバーの具体的形状、特徴点(4)におけるマッサージヘッドの表面上の円周線の数、特徴点(5)におけるマッサージヘッドのトップのカット面の具体的な形状などが挙げられる。本件意匠と侵害被疑品とのハンドル及びマッサージヘッドの基本形状及び模様がほぼ同様であることを背景に、上記の構成要素は識別可能な視覚効果を生み出すには不十分である。したがって、本件意匠の特徴点に関する一審判決の判断はあまりにも微細であった。識別可能な効果を生み出すには不十分な細部のデザインがすべて特徴点として認定されたことで、本件意匠の権利範囲は不適切に極端に縮小解釈された。
特徴点を如何に判断するかについて、前述したシャワーヘッド事件の再審判決書にも言及がある。特徴点は、意匠の簡単な説明、権利化段階・無効審判、侵害訴訟における特徴点に関する説明などにより、権利者が主張して立証するものである。ここで、権利化段階・無効審判は、意匠の登録性の有無を審査するためのものであるため、その審査書類の記載は特徴点を判断する上で重要な参考となる。
本件では、権利者である当方は本件意匠の特徴点について、「全体としてハンドルとマッサージローラーとからなり、Y字状のハンドルは外延部が比較的短く且つローラー側に向けてアーチ状に湾曲しており、末端には略球体のマッサージローラーが連結されており、把持部が前から徐々に厚くなっていき、シャトル状に形成されている。ハンドルの上面における外延部側の端部には小さな略楕円形の構造がある。マッサージローラーの表面には三角形の模様が均一に形成されており、中央には円周線が形成されている。」と主張している。上記特徴点に関する主張は本件意匠の簡単な説明には明確な記載がある。当方は無効審判及び侵害訴訟において同様の主張を行った。そして、証拠として意匠権評価報告書及び無効審判請求の審決を提出した。
最高裁判所は再審判決書において当方の主張をほとんど認め、「当事者が提出した公知意匠、及び本件意匠に関する無効審判請求の審決によれば、公知意匠に比べる本件意匠の特徴点は主に、マッサージヘッドの形状、表面の構成及びリンクロッドへの取付形態、ハンドルの湾曲度及び形状、ならびに、リンクロッドの長さ、延在形態等にある。」とした。
3.各々の創作余地の広さを考慮しながら、全体の視覚効果に対する上記特徴点・構成要素の影響度を一つずつ評価する。
(1)創作の余地
創作の余地とは、特定の製品の意匠を創作する際の創作者の自由度を指す。創作余地の広さは、全体の視覚効果に対する差異点の影響の大きさに密に関連しているとされている。
2016年4月から施行された『特許権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈(二)』の第14条には、差異点に対する創作余地の影響に関する明確な規定がある。すなわち、「裁判所が意匠に関する一般消費者の知識レベル及び認知能力を認定する際に、被疑侵害行為発生時の登録意匠と同一又は近い種類の製品の創作余地を通常考えなければならない。創作の余地が広い場合には、裁判所は一般消費者が通常、異なる意匠間の小さな差異に注意を惹かれにくいと認定でき、創作の余地が狭い場合には、裁判所は一般消費者が通常、異なる意匠間の小さな差異に注意をより惹かれやすいと認定できる。」と規定されている。
創作余地の広さを如何に認定するかについて、ランドローバー事件の二審判決書である(2018)京行終4169号民事判決書には、「創作余地の広さは相対的な概念であり、製品の技術的機能、このような製品の一般的な構成要素を採用する必要性や公知意匠の混雑さ等によって制限される。特に公知意匠の状况を考察すべきである。ある構成要素について、対応する公知意匠が多いほど、当該構成要素の創作の自由度が限定され、創作の余地が狭くなり、代替可能なデザインが少なくなるため、微差でも全体の視覚効果に大きな影響を与える。逆に、公知意匠が少ないほど、この構成要素の創作の自由度が高く、創作の余地が広くなり、代替可能なデザインが多くなるため、微差は全体の視覚効果に大きな影響を与えない。」との見解が示された。
この見解には一定の説得力はあるが、別の観点からすれば、ある構成要素について、対応する公知意匠が多いほど、代替可能なデザインが多くなり、創作の余地も広くなる。創作要素は意匠全体とは異なるものである。公知意匠が採用した創作要素はその後の意匠では採用できないというわけではない。様々な創作要素の組み合わせにより意匠全体の視覚効果が形成される。司法実務において、種々のデザインが多くある公知意匠を例示することにより、創作の余地が広いとの主張を裏付けることが多い。
本件も同様である。当方は本件意匠の意匠権評価報告書等をもって代替可能なデザインが多く、創作の余地が広い旨を主張した。最高裁判所は再審判決書において「このような美容用マッサージ具は『1本のハンドル+2本のマッサージヘッド』との基本構造を有するのが一般的であるが、機能の実現が影響されないことを前提に、この構造は代替可能なデザインが多くある。例えば、マッサージヘッドは球体であっても、円柱体であってもよく、その表面は滑らかなものであっても、ツボ付きのものであってもよい。ハンドルは直棒状、扁平状であってもよく、凹みを持つ形状等であってもよい。リンクロッドはY字状であっても、T字状であってもよく、マッサージヘッドに挿通・支持・クランプするものであってもよい。よって、上記の構成要素は創作の余地が広く、被疑侵害意匠は十分に大きな変化を有しないと、本件意匠と差別化できない。」とした。
(2)全体の視覚効果に対する特徴点の影響度
上記のとおり、シャワーヘッド事件における「侵害被疑品は公知意匠に比べる登録意匠の特徴点をすべて備えるものでなければ、通常、登録意匠に類似するものではないと推定できる」との判示は、特徴点に「拒否権」を与えたように思われ、この見方では、全体の視覚効果に対する特徴点の影響は大きすぎるといえる。
本件から、最高裁判所は「一方、構成要素の一部は、その特殊性のため、対比分析時に特に検討する必要があっても、それ以外の構成要素は、無視できるというわけではなく、単に全体の視覚効果に対する影響が比較的小さいだけである。」と強調し始めた。
ランドローバー事件の二審判決書において言及されたように、全体の視覚効果に対する各特徴点の影響度は、創作の余地に対する一般消費者の認識を踏まえて、意匠全体における特徴点の位置、一般消費者にとっての観察しやすさ、特徴点が公知意匠に現れる頻度、特徴点に対する機能、美感や技術等による制限をも考慮した上で判断すべきである。
4.全体的に観察し、総合的に判断する。
「全体的に観察し、総合的に判断する」という原則に戻り、すなわち、登録意匠および被疑侵害意匠の構成要素に基づき、全体の視覚効果から総合的に判断すべきである。
最高裁判所が本件において強調したように、ここでの「全体」には2つの意味がある。共通点と差異点とを含む視認可能な構成要素はすべて対比分析の範囲に含まれる。一方、構成要素の一部は、その特殊性のため、対比分析時に特に検討する必要があっても、それ以外の構成要素は、無視できるというわけではなく、単に全体の視覚効果に対する影響が比較的小さいだけである。
本件では、最高裁判所は「被疑侵害意匠は本件意匠の範囲に属する。一・二審判決は共通点の無視できない役割を十分に考慮しておらず、差異点の役割を評価する際に、創作の余地に関する方針を正確に適用しなかったため、全体の視覚効果に関する対比分析では誤った結論を導き出した」とした。数年にわたって再審でようやく勝訴した本件は、意匠の類否判断に関する留意点、シャワーヘッド事件に対する誤解の是正をもって、今後の意匠権侵害紛争の対応にポジティブな影響を与えると思われている。
後書き
「要部」の削除から、「差異点」及び「特徴点」に対する過重視への徐々の変化を経て、共通点及び差異点に対する全体的な観察・総合的な判断に戻った意匠の類否判断は、一見して簡単に見えるが、実際には考慮すべきものが多面的である。権利行使の際に、意匠だから簡単だという考えを持って軽んじて扱うと、思わぬ失敗につながるので、権利行使の最善の効果を達成するために、やはり意匠権紛争対応に経験豊富な弁護士に依頼すべきである。