北京魏啓学法律事務所
中国弁理士・弁護士
陳 濤
中国弁理士・弁護士
陳 濤
Ⅰ 前書き
2019年4月26日に、国家知識産権局より「2018年度特許不服審判・無効審判10大事件」が発表され、そのうち、実用新案権に関わる事件は4件もあった。「充電器レンタル機」(以下、「本件特許」という)無効審判事件では、実用新案の進歩性に関する特別な規定が議論された。国家知識産権局は、本件の典型的な意義として、「実用新案の進歩性判断において、近い分野による示唆を精確的に把握するための参考になる。また、最も近い先行技術は主題名以外の全体的な構造を開示している場合、両者の分野を上位的に同一の分野に総括するのではなく、近い分野として認定すべきであり、近い分野に属する先行技術は明確な示唆を示していないと、実用新案の進歩性判断において使用されるべきではない。」としている。
本稿は「充電器レンタル機」無効審判事件をめぐって、実用新案の進歩性の判断基準を考察する。
Ⅱ 実用新案の進歩性の判断基準の争点
19世紀後半になって、特許制度はほぼ整っていたが、特許は進歩性が厳しく求められていたため、意匠に属せず、実用を目的とする数多くの小さな発明創造は有効的に保護されず、特許と意匠の間に埋められていない空白が現れてきた。ドイツは、この空白を埋めるために、1891年にはじめて正式的な『実用新案保護法』を制定した。時間の経過とともに、実用新案の保護制度も徐々に整えられた。根本的に考えると実用新案制度は発明制度と同じであり、いずれも発明・考案を保護することを目的とするものである。
中国は、実用新案を保護するために単独で法律を制定していないが、「特許法」において1つの発明創造に対して特許出願又は実用新案特許出願を行うことにより保護を求められることを規定している。実用新案制度の設立目的から、その進歩性基準はそもそも特許より低いことが分かる。
「特許法」第22条第3項には、「進歩性とは、公知技術に比べて、その発明が格別の実質的特徴及び顕著な進歩を有し、その実用新案が実質的特徴な進歩を有することをいう」と規定されている。この規定から分かるように、発明と実用新案の進歩性の判断基準は明確に区分されているが、「実質的特徴」及び「進歩」という言葉自体は主観的な概念でもあり、「格別」、「顕著」で更に限定すると、より一層主観性が高くなり、実務で適用されにくい。
実際に、実務からして、全世界では未だに信用され且つ適用性のある実用新案の進歩性の判断基準がなく、各国も基本的に特許の判断基準を参考にしているのである。従って、実用新案と発明の進歩性の相違を公平且つ合理的に規定することは、実務において非常に困難なことである。
実用新案の進歩性の判断基準を具体化するために、中国審査指南第4部第6章には、進歩性有無の判断基準についての両者の相違は、主に先行技術に「示唆」があるか否かで示される。先行技術に「示唆」があるか否かを判断する際に、特許と実用新案とは相違がある。このような相違は、先行技術の分野及び先行技術の数で示される」と規定されている。
先行技術の分野について、中国審査指南には、「特許については、当該特許の属する技術分野のみならず、それに近い分野又は関連分野、及び当該発明が解決しようとする課題に応じて当業者が技術的手段を探り出すこととなるほかの技術分野を合わせて考慮しなければならない。実用新案については、一般的には、当該実用新案の属する技術分野に着眼して考慮する。ただし、先行技術が明らかな示唆を与える(例えば、先行技術に明確な記載がある)ことで、当業者が近い分野または関連分野から関連技術的手段を探り出すこととなる場合には、その近い分野または関連分野を考慮してもよい。」という規定がある。
先行技術の数について、中国審査指南には、「特許については、1つや2つ、或いは複数の先行技術を引用してその進歩性を評価することができる。実用新案については、一般的には、1つや2つの先行技術を引用してその進歩性を評価することができる。先行技術を「簡単に組み合わせる」ことによってなされた実用新案について、状況に応じて複数の先行技術を引用してその進歩性を評価することができる。」と規定されている。
しかしながら、上記のような規定があっても、実用新案の進歩性判断は依然として実務上の難点である。その理由は下記の2点にある。1つは、審査指南における上記の規定自体には議論されているところや曖昧なところがあることである。もう1つは、実用新案は方式上不備が無ければ無審査で登録されるため、その進歩性判断は無効審判段階及びその後の審決取消訴訟段階で行われることしかなく、その進歩性が審査される回数が発明の進歩性が審査される回数より遥かに少なく、実用新案の進歩性が議論されるチャンスも当然発明より遥かに少なくなることである。
実用新案と発明の進歩性判断の上記2つの相違について、先行技術の数は実務上特に議論されるべきことがなく、本件でも言及されていないため、本稿では、それに対する考察を割愛する。先行技術の分野について、審査指南の上記規定に対して以下3つの争点がある。
争点①:上述の相違が「先行技術に示唆があるか否かについての判断」に着目して出されたもの、即ち「3ステップ法」の第3ステップに関するものである。
周知のように、「3スッテプ法」とは、①最も近い先行技術の特定、②発明の相違点及び実際上解決する課題の特定、③発明が当業者には自明か(即ち、先行技術に示唆があるか否か)の判断というものである。
第3ステップで使用される先行技術は、通常当該実用新案の属する分野のものに限られるべきであるが、先行技術に明らかな示唆がある場合、近い分野または関連分野を考慮してもよいと規定されている。しかしながら、第1ステップで特定される進歩性判断の論理的な起点であり、その進歩性判断にとって極めて重要である最も近い先行技術に関しては、審査指南には、その分野が第3ステップのように制限されるべきか明確に規定されていない。
争点②:先行技術の分野は実用新案の属する分野、近い分野、関連分野、その他の分野に分けられているが、具体的な区分け基準が規定されていない。
争点③:「明確な示唆」の意味は曖昧である。審査指南には、「(例えば、先行技術に明確な記載がある)ことで、当業者が近い分野または関連分野から関連技術的手段を探り出すこととなる場合には、…」という例が挙げられているが、この例から、どのような示唆が明確な示唆になるかは依然として判断できない。
「充電器レンタル機」事件の無効審決及び国家知識産権局より示した典型的な意義には上記3つの争点は言及されている。本稿では、本件の概要を簡単に紹介したうえ、上記3つの争点について分析する。
Ⅲ 本件の概要
「充電器レンタル機」無効審判事件について、本件特許の請求項1は以下のとおりである。
「移動充電モジュールを保存する一つ以上の充電モジュール保管ケースが設けられるとともに、支払い管理モジュール、主制御回路モジュール、電子バルブモジュール及び電源モジュールが設けられるキャビネットと、ユーザが支払った費用を識別し管理し、主制御回路モジュールに接続され、主制御回路モジュールに検知識別信号を提供する支払い管理モジュールと、電子バルブモジュールを管理制御する主制御回路モジュールと、充電モジュール保管ケースの開放を制御し、移動充電モジュールが充電モジュール保管ケースに返されたか否かの保存検知信号を主制御回路モジュールに提供する電子バルブモジュールと、支払い管理モジュール、主制御回路モジュール及び電子バルブモジュールに電力を供給するとともに、移動充電モジュールに充電する電源モジュールと、を備えることを特徴とする充電器レンタル機。」
証拠1に開示されているのは、電気自動車または電気三輪車のバッテリーに対する充電サービスおよびチャージサービスを提供するバッテリー充電交換キャビネットである。当該バッテリー充電交換キャビネットの全体的構造は本件特許の請求項1に係る充電器レンタル機とほぼ同じであり、いずれもキャビネット、1つ以上の充電モジュール保管ケース、支払い管理モジュール、主制御回路モジュール、電子バルブモジュール及び電源モジュールを含む。そして、各モジュールの機能及び接続関係も証拠1に開示されている。本件特許の請求項1と証拠1は主題名で相違しており、本件特許の請求項1は、移動充電モジュールが保存され、移動充電モジュールをレンタルできる充電器レンタル機に係るものであるのに対して、証拠1はバッテリーが保存され、バッテリーを交換できるバッテリー充電交換キャビネットに係るものである。
証拠3には、携帯電子デバイスに電力を給電又は充電するための移動充電モジュールを賃借りし、取り出し、使用終了後に返却できる移動充電モジュールの有料レンタルシステムが開示されている。
本件の無効審決には、「証拠3には移動充電モジュールを賃借りすることについて示唆がある。当業者は、この示唆から、証拠1のバッテリー充電交換キャビネットを改良し、その中に移動充電モジュールを保存することにより、移動充電モジュールの賃借りを実現することに容易に想到し得る。売却に至っては、賃借りを基に容易に実現できる一般的なビジネスモデルであり、全体的な発明に技術的な貢献をもたらしていない。従って、請求項1は証拠1と証拠3との組み合わせに対して進歩性を有しない。」とされている。
Ⅳ 考察
1. 争点①について
中国審査指南の上記規定からすれば、実用新案の進歩性判断では、最も近い先行技術の選択は発明と同じであり、近い分野に属する先行技術を直接的に使用することができる。
本件において、特許審判委員会は無効審決に「証拠1の分野については、移動充電モジュールは、実質上充電可能なバッテリーとバッテリー管理機能モジュールの組み合わせによるモジュールであり、電気自動車のバッテリーも移動充電モジュールも再充電可能でかつほかの設備に電力を供給可能な電源モジュールであり、充電バッテリーの分野からすれば、証拠1と本件特許は少なくとも近い分野に属する」とし、且つ先行技術に明らかな示唆があるか否かを判断しないまま、証拠1を最も近い先行技術と認定した。
最も近い先行技術の分野について、実務において、審査・審理機関によって判断も異なる。
「握力計」を名称とした実用新案権の審決取消訴訟事件「 ( 2011 )知行字第19号)」において、最高裁判所は、「発明と実用新案の進歩性判断基準が異なるため、技術対比の際に考慮すべき先行技術の分野も異なるはずである。これは発明と実用新案の進歩性判断基準の相違を示す重要なポイントである」と認定した。また、最高裁判所は、実用新案の進歩性判断において、第3ステップにおいて示唆を判断する際に使用される先行技術のみならず、使用される全ての先行技術が同じように制限されるべきと判示した。
判決番号「( 2016 )最高法行再70号」の審決取消訴訟において、本件考案はインバータ調速型流体フォトカプラ電動給水ポンプに関わるものであり、証拠4は電動駆動設備の回転数制御装置に関するものであり、特にブロワ、ポンプ等の流体負荷を開示している。無効審判の段階では、最近い先行技術とされる証拠4に対して、請求項1は進歩性を有しないと認定された。
特許権者は、「本件考案と証拠4は分野が全く異なり、証拠4を最も近い先行技術として本件考案の進歩性を評価すべきではない」を理由として審決取消訴訟を提起した。一審裁判所は、「①本件考案と証拠4は、いずれも調速型流体フォトカプラに属し、両者の分野は同じである;②両者の分野が異なるものであっても、証拠4は、ブロワ、ポンプ等の流体負荷に適用される電動駆動設備の回転数制御装置であることを開示しているのに対して、本件考案はウォーターポンプに関わるものである。当業者がその考案をワーターポンプ分野に適用する示唆が証拠4に示されている。」と認定した。
二審では、特許権者が上記の理由を引き続き主張したが、二審裁判所は、一審裁判所と同様に「本件考案と証拠4が異なる分野であっても、証拠4はブロワ、ポンプ等の流体負荷に適用される電動駆動設備の回転数制御装置であることを開示しているのに対して、本件考案はウォーターポンプに関わるものである。当業者がその考案をワーターポンプ分野に適用する示唆が証拠4に示されている。」という判決を下した。
上記の事例から分かるように、各級の裁判所はいずれも、「最も近い先行技術を特定する際に、ほかの分野も考慮する必要があり、すなわち、通常当該実用新案の属する分野に着眼し考慮すべきである。しかしながら、先行技術に明らかな示唆があれば、その近い分野又は関連分野を考えてもよい。」と考えている。
(2)争点②について
分野の区分け基準は、実用新案の進歩性の高さに深い影響を及ぼす。「同一の分野」が及ぶ範囲が大きいほど、同一の分野に属する先行技術の数が多くなり、実用新案の進歩性判断基準も発明により一層近づいてくる。
分野については、中国特許審査指南には、「発明又は実用新案の分野は、保護を求める発明又は実用新案の所属するか又は直接に応用される具体的な分野であり、上位または隣接する分野ではなく、発明又は実用新案そのものでもない。当該具体的な分野は、一般的に、発明又は実用新案の国際特許分類表に区分され得る最小分類に関係している。」と規定されいている。さらに、審査指南には、「掘削機のアームの切断面を従来の長方形から楕円形に変更することが特徴点である掘削機アーム発明を例として、この場合には、発明の分野は上位の建設機械ではなく、掘削機であり、より具体的には、掘削機のアームであるという例が挙げられている。
このような規定があっても、実務において分野の特定は決して簡単なことではない。
上記「(2016)最高法行再70号」の事件では、一審判決と二審判決はいずれも、係争考案と証拠4が同一の分野に属するのか、それとも近い分野に属するのかについて明確な結論を出していない。
上記「握力計」の事件では、係争考案が握力計で証拠2が電子秤であり、両者の分野についての各段階の審理・審査観点が異なる。特許審判委員会は、両者がセンサの構造も力受け方向も同じであり、力を測定する際に力をかける対象のみが相違しており、広義に解すれば、いずれも力測定装置という分野に属すると認定した。一審裁判所は、特許審判委員会と同じ見解を示した。二審裁判所は、両者の発明の目的及びセンサーの力受け方が全て異なるため、両者が異なる分野に属すると判示したのに対して、最高裁判所は、両者が近い分野に属すると認定した。
最高裁判所は、本件の審理において実用新案の分野の認定基準、すなわち、「分野の認定は、請求項に規定されている内容を基準とすべきであり、通常、考案の主題名に当該考案の実現する技術的機能及び用途を組み合わせて分野を認定する。国際特許分類における当該考案の最小分類はその分野の認定に参考になる。近い分野とは、実用新案に係る製品の機能及び具体的な用途に近い分野をいう。関連分野とは、実用新案と最も近い先行技術との相違点の適用可能な機能分野をいう。」ということを判示した。
無効審判請求事件の審理において、特許審判委員会が先行技術の分野を特定する際に、上記の基準に従わないケースは多い。例えば、審決番号33159の無効審判では、特許審判委員会は、「引用文献1はソケットパネルであり、本件考案はスイッチパネルであるものの、当業者は、スイッチパネルとソケットパネルがいずれも一般的な建築用電気パネルであることを知っている。電気設備に電源を供給するためのものと、電気設備のスイッチとして用いられるものとで、役割は異なっているが、構造の大きさや取り付け位置類似している。また、それらの構造のため、いずれも台座の取り付けによる変形の問題がある。言い換えれば、引用文献1と本件考案は同一の分野に属する。」と判断した。審決番号31773の無効審判では、本件考案は温度表示機能付きのフルーツジュースマシンに関するものであり、証拠8はスターラーを開示している。特許審判委員会は、「証拠8は本件考案と同一の分野に属し、且つ当業者は、証拠8のスターラーを野菜や果物の加工に用いて、フルーツマシンとして使用することに容易に想到でき、これは加工対象に対する具体的な選択にすぎず、創意工夫をせずともなし得ることである。」と判断した。
「充電器レンタル機」の事件では、特許審判委員会は、充電可能なバッテリー分野からすれば、証拠1と本考案は少なくとも近い分野に属すると判断した。特許審判委員会は、直接的に証拠1が本考案と同一の分野に属すると認定していないが、「少なくとも」という表現から、この可能性を排除したわけではないと言える。このように、特許審判委員会は、本考案の審理において分野の区分けに関する明確な基準を示していない。
(3)争点③について
「充電器レンタル機」事件では、近い分野に属する証拠1は最も近い先行技術とされ、「示唆」の有無を判断する際に使用された証拠3は本考案と同一の分野に属するものである。この場合、先行技術に「明確な示唆」があるか否かを考慮する必要はそもそもない。したがって、本件は、「明確な示唆」に対する理解への参考にならないと思われる。「明確な示唆」の覆う範囲は同様に実用新案の進歩性の高さに深い影響を及ぼす。「明確な示唆」が及ぶ範囲が大きいほど、実用新案の進歩性判断に使用されうる近い分野または関連分野に属する先行技術の数が多いほど、当該実用新案の進歩性判断基準は発明により一層近づいてくる。「明確な示唆」が特定の場合に限られると、実用新案の進歩性判断に利用されうる近い分野または関連分野に属する先行技術の数は大幅に減少し、その進歩性の判断基準もより低くなる。
上記の「握力計」事件では、最高裁判所は、「先行技術には、近い分野又は関連分野からかかる手段を探り出すように当業者に教示する明らかな示唆がある場合には、その近い分野又は関連分野を考慮してもよい。いわゆる「明確な示唆」とは、先行技術に明記されている示唆又は当業者が先行技術から直接的且つ一義的に特定できる示唆という。」、「携帯型数字表示電子はかりは当該考案に近い分野として認定できる。しかし、先行技術には明らかな示唆がないため、本考案の進歩性を評価した時に携帯型電子はかりの力測定センサを考慮した審判委員会の判断は法律適用の誤りとなった」と認定した。
最高裁判所による「握力計」事件に対する判示を如何に理解するかについて、業界内では見解が異なる。しかしながら、「握力計」事件自体からすれば、相違点が先行技術に開示されており、かつその役割が同一であるため、先行技術に明確な示唆が示されていることを証明できない。
「明確な示唆」について、特許審判委員会、一審裁判所、及び二審裁判所(北京市高等裁判所)は基本的に、「先行技術に手段が明確に開示されており、かつ、当該手段の役割が本考案と同じであれば、先行技術には当業者に近い分野または関連分野にかかる手段を探りだすように教示する明らかな示唆があると認定すべきである。換言すれば、近い分野または関連分野に属する先行技術を実用新案の進歩性評価に直接的に使用することができる。」としている。2018年3月に、北京市高等裁判所第3民事廷は、「現在の知的財産権裁判における注意すべき若干の法律問題(2018)」を公布し、実用新案の進歩性の審査基準について次のような意見を示した。
「中国審査指南の規定に基づき、実用新案の進歩性判断は、一般的に実用新案の属する分野に着眼し考慮する。先行技術に明確な示唆があれば、その近い分野または関連分野を考慮してもよい。実務において、所謂「先行技術に明確な示唆がある」という場合が極まれであるため、考慮しないとする。したがって、実用新案の進歩性判断においては、その属する分野だけではなく、近い分野または関連分野に属する先行技術も考慮することができる。」
北京市高等裁判所の上述した意見の法的効力は比較的弱いが、数多くの審判官や裁判官の考え方を反映しているため、研究・注目されるべきと考える。
また、「明確な示唆」とは2つの意味があるという見解もある。1つは、引用文献に手段が明確に開示されていることである。もう1つは、引用文献にはさらに、かかる手段を最も近い先行技術に適用する教示又は示唆が明確に記載されているか、又はそのような記載はないが、引用文献にこのような教示又は示唆が示されていると一義的に特定できること、例えば、近い分野または関連分野に属する先行技術には、相違点が明確に開示されているほか、当業者に開示されている考案を実用新案権の分野に適用するように教示する内容も明記されていることである。このような示唆的な内容として、例えば、「本考案は、上記の蓋板に適用されるだけでなく、建築機械に設けられる各種の開口を覆うための蓋板部材にも広く適用されている(2014)高行終字第1890号)」、「ブロワ、ポンプ等の流体負荷に適用される電動駆動設備の回転数制御装置である(最高院(2016)最高法行再70号)」などが挙げられる。
上記2つの見解は実質上、いずれも実用新案の進歩性基準を発明より低いものとすべきことに賛成であるが、どこまで低くすべきかについて食い違いが残っている。
中国では、実用新案権の法的効力は発明と同じであり、権利行使の際に、他社による侵害行為があると発見した場合、実用新案権者は、特許権者と同様な救済及び侵害損失賠償請求権を享有する。実用新案の進歩性基準が低すぎると、革新レベルの低い特許は無効されにくくなる。このような権利と義務とが対等でないことは、公衆にとって不公平であり、技術の伝播や利用を阻害し、科学技術の進展及び社会の発展にも不利である。当然ながら、実用新案の進歩性基準をあまり高くすべきでもない。理由は、特許法の技術革新に対する激励作用にマイナス的な影響を与える恐れがあるからである。したがって、実用新案の進歩性基準を正確かつ合理的に特定することは、特許権者及び社会公衆にとって非常に重要な意味を持つことである。
Ⅴ 後書き
本稿では、「充電器レンタル機」無効審判事件を通じて、実用新案の進歩性判断における3つの争点に関する異なる見解を整理した。本無効事件そのもの及び国家知識産権局より示した典型的な意義からすれば、この3つの争点は解決に至っていないようであり、実用新案の進歩性判断について一層明確な基準も提出されていないものの、少なくとも国家知識産権局は実用新案の進歩性基準を非常に重要視していると言える。今後はどのように発展していくかは期待される。
本件において、特許審判委員会は無効審決に「証拠1の分野については、移動充電モジュールは、実質上充電可能なバッテリーとバッテリー管理機能モジュールの組み合わせによるモジュールであり、電気自動車のバッテリーも移動充電モジュールも再充電可能でかつほかの設備に電力を供給可能な電源モジュールであり、充電バッテリーの分野からすれば、証拠1と本件特許は少なくとも近い分野に属する」とし、且つ先行技術に明らかな示唆があるか否かを判断しないまま、証拠1を最も近い先行技術と認定した。
最も近い先行技術の分野について、実務において、審査・審理機関によって判断も異なる。
「握力計」を名称とした実用新案権の審決取消訴訟事件「 ( 2011 )知行字第19号)」において、最高裁判所は、「発明と実用新案の進歩性判断基準が異なるため、技術対比の際に考慮すべき先行技術の分野も異なるはずである。これは発明と実用新案の進歩性判断基準の相違を示す重要なポイントである」と認定した。また、最高裁判所は、実用新案の進歩性判断において、第3ステップにおいて示唆を判断する際に使用される先行技術のみならず、使用される全ての先行技術が同じように制限されるべきと判示した。
判決番号「( 2016 )最高法行再70号」の審決取消訴訟において、本件考案はインバータ調速型流体フォトカプラ電動給水ポンプに関わるものであり、証拠4は電動駆動設備の回転数制御装置に関するものであり、特にブロワ、ポンプ等の流体負荷を開示している。無効審判の段階では、最近い先行技術とされる証拠4に対して、請求項1は進歩性を有しないと認定された。
特許権者は、「本件考案と証拠4は分野が全く異なり、証拠4を最も近い先行技術として本件考案の進歩性を評価すべきではない」を理由として審決取消訴訟を提起した。一審裁判所は、「①本件考案と証拠4は、いずれも調速型流体フォトカプラに属し、両者の分野は同じである;②両者の分野が異なるものであっても、証拠4は、ブロワ、ポンプ等の流体負荷に適用される電動駆動設備の回転数制御装置であることを開示しているのに対して、本件考案はウォーターポンプに関わるものである。当業者がその考案をワーターポンプ分野に適用する示唆が証拠4に示されている。」と認定した。
二審では、特許権者が上記の理由を引き続き主張したが、二審裁判所は、一審裁判所と同様に「本件考案と証拠4が異なる分野であっても、証拠4はブロワ、ポンプ等の流体負荷に適用される電動駆動設備の回転数制御装置であることを開示しているのに対して、本件考案はウォーターポンプに関わるものである。当業者がその考案をワーターポンプ分野に適用する示唆が証拠4に示されている。」という判決を下した。
上記の事例から分かるように、各級の裁判所はいずれも、「最も近い先行技術を特定する際に、ほかの分野も考慮する必要があり、すなわち、通常当該実用新案の属する分野に着眼し考慮すべきである。しかしながら、先行技術に明らかな示唆があれば、その近い分野又は関連分野を考えてもよい。」と考えている。
(2)争点②について
分野の区分け基準は、実用新案の進歩性の高さに深い影響を及ぼす。「同一の分野」が及ぶ範囲が大きいほど、同一の分野に属する先行技術の数が多くなり、実用新案の進歩性判断基準も発明により一層近づいてくる。
分野については、中国特許審査指南には、「発明又は実用新案の分野は、保護を求める発明又は実用新案の所属するか又は直接に応用される具体的な分野であり、上位または隣接する分野ではなく、発明又は実用新案そのものでもない。当該具体的な分野は、一般的に、発明又は実用新案の国際特許分類表に区分され得る最小分類に関係している。」と規定されいている。さらに、審査指南には、「掘削機のアームの切断面を従来の長方形から楕円形に変更することが特徴点である掘削機アーム発明を例として、この場合には、発明の分野は上位の建設機械ではなく、掘削機であり、より具体的には、掘削機のアームであるという例が挙げられている。
このような規定があっても、実務において分野の特定は決して簡単なことではない。
上記「(2016)最高法行再70号」の事件では、一審判決と二審判決はいずれも、係争考案と証拠4が同一の分野に属するのか、それとも近い分野に属するのかについて明確な結論を出していない。
上記「握力計」の事件では、係争考案が握力計で証拠2が電子秤であり、両者の分野についての各段階の審理・審査観点が異なる。特許審判委員会は、両者がセンサの構造も力受け方向も同じであり、力を測定する際に力をかける対象のみが相違しており、広義に解すれば、いずれも力測定装置という分野に属すると認定した。一審裁判所は、特許審判委員会と同じ見解を示した。二審裁判所は、両者の発明の目的及びセンサーの力受け方が全て異なるため、両者が異なる分野に属すると判示したのに対して、最高裁判所は、両者が近い分野に属すると認定した。
最高裁判所は、本件の審理において実用新案の分野の認定基準、すなわち、「分野の認定は、請求項に規定されている内容を基準とすべきであり、通常、考案の主題名に当該考案の実現する技術的機能及び用途を組み合わせて分野を認定する。国際特許分類における当該考案の最小分類はその分野の認定に参考になる。近い分野とは、実用新案に係る製品の機能及び具体的な用途に近い分野をいう。関連分野とは、実用新案と最も近い先行技術との相違点の適用可能な機能分野をいう。」ということを判示した。
無効審判請求事件の審理において、特許審判委員会が先行技術の分野を特定する際に、上記の基準に従わないケースは多い。例えば、審決番号33159の無効審判では、特許審判委員会は、「引用文献1はソケットパネルであり、本件考案はスイッチパネルであるものの、当業者は、スイッチパネルとソケットパネルがいずれも一般的な建築用電気パネルであることを知っている。電気設備に電源を供給するためのものと、電気設備のスイッチとして用いられるものとで、役割は異なっているが、構造の大きさや取り付け位置類似している。また、それらの構造のため、いずれも台座の取り付けによる変形の問題がある。言い換えれば、引用文献1と本件考案は同一の分野に属する。」と判断した。審決番号31773の無効審判では、本件考案は温度表示機能付きのフルーツジュースマシンに関するものであり、証拠8はスターラーを開示している。特許審判委員会は、「証拠8は本件考案と同一の分野に属し、且つ当業者は、証拠8のスターラーを野菜や果物の加工に用いて、フルーツマシンとして使用することに容易に想到でき、これは加工対象に対する具体的な選択にすぎず、創意工夫をせずともなし得ることである。」と判断した。
「充電器レンタル機」の事件では、特許審判委員会は、充電可能なバッテリー分野からすれば、証拠1と本考案は少なくとも近い分野に属すると判断した。特許審判委員会は、直接的に証拠1が本考案と同一の分野に属すると認定していないが、「少なくとも」という表現から、この可能性を排除したわけではないと言える。このように、特許審判委員会は、本考案の審理において分野の区分けに関する明確な基準を示していない。
(3)争点③について
「充電器レンタル機」事件では、近い分野に属する証拠1は最も近い先行技術とされ、「示唆」の有無を判断する際に使用された証拠3は本考案と同一の分野に属するものである。この場合、先行技術に「明確な示唆」があるか否かを考慮する必要はそもそもない。したがって、本件は、「明確な示唆」に対する理解への参考にならないと思われる。「明確な示唆」の覆う範囲は同様に実用新案の進歩性の高さに深い影響を及ぼす。「明確な示唆」が及ぶ範囲が大きいほど、実用新案の進歩性判断に使用されうる近い分野または関連分野に属する先行技術の数が多いほど、当該実用新案の進歩性判断基準は発明により一層近づいてくる。「明確な示唆」が特定の場合に限られると、実用新案の進歩性判断に利用されうる近い分野または関連分野に属する先行技術の数は大幅に減少し、その進歩性の判断基準もより低くなる。
上記の「握力計」事件では、最高裁判所は、「先行技術には、近い分野又は関連分野からかかる手段を探り出すように当業者に教示する明らかな示唆がある場合には、その近い分野又は関連分野を考慮してもよい。いわゆる「明確な示唆」とは、先行技術に明記されている示唆又は当業者が先行技術から直接的且つ一義的に特定できる示唆という。」、「携帯型数字表示電子はかりは当該考案に近い分野として認定できる。しかし、先行技術には明らかな示唆がないため、本考案の進歩性を評価した時に携帯型電子はかりの力測定センサを考慮した審判委員会の判断は法律適用の誤りとなった」と認定した。
最高裁判所による「握力計」事件に対する判示を如何に理解するかについて、業界内では見解が異なる。しかしながら、「握力計」事件自体からすれば、相違点が先行技術に開示されており、かつその役割が同一であるため、先行技術に明確な示唆が示されていることを証明できない。
「明確な示唆」について、特許審判委員会、一審裁判所、及び二審裁判所(北京市高等裁判所)は基本的に、「先行技術に手段が明確に開示されており、かつ、当該手段の役割が本考案と同じであれば、先行技術には当業者に近い分野または関連分野にかかる手段を探りだすように教示する明らかな示唆があると認定すべきである。換言すれば、近い分野または関連分野に属する先行技術を実用新案の進歩性評価に直接的に使用することができる。」としている。2018年3月に、北京市高等裁判所第3民事廷は、「現在の知的財産権裁判における注意すべき若干の法律問題(2018)」を公布し、実用新案の進歩性の審査基準について次のような意見を示した。
「中国審査指南の規定に基づき、実用新案の進歩性判断は、一般的に実用新案の属する分野に着眼し考慮する。先行技術に明確な示唆があれば、その近い分野または関連分野を考慮してもよい。実務において、所謂「先行技術に明確な示唆がある」という場合が極まれであるため、考慮しないとする。したがって、実用新案の進歩性判断においては、その属する分野だけではなく、近い分野または関連分野に属する先行技術も考慮することができる。」
北京市高等裁判所の上述した意見の法的効力は比較的弱いが、数多くの審判官や裁判官の考え方を反映しているため、研究・注目されるべきと考える。
また、「明確な示唆」とは2つの意味があるという見解もある。1つは、引用文献に手段が明確に開示されていることである。もう1つは、引用文献にはさらに、かかる手段を最も近い先行技術に適用する教示又は示唆が明確に記載されているか、又はそのような記載はないが、引用文献にこのような教示又は示唆が示されていると一義的に特定できること、例えば、近い分野または関連分野に属する先行技術には、相違点が明確に開示されているほか、当業者に開示されている考案を実用新案権の分野に適用するように教示する内容も明記されていることである。このような示唆的な内容として、例えば、「本考案は、上記の蓋板に適用されるだけでなく、建築機械に設けられる各種の開口を覆うための蓋板部材にも広く適用されている(2014)高行終字第1890号)」、「ブロワ、ポンプ等の流体負荷に適用される電動駆動設備の回転数制御装置である(最高院(2016)最高法行再70号)」などが挙げられる。
上記2つの見解は実質上、いずれも実用新案の進歩性基準を発明より低いものとすべきことに賛成であるが、どこまで低くすべきかについて食い違いが残っている。
中国では、実用新案権の法的効力は発明と同じであり、権利行使の際に、他社による侵害行為があると発見した場合、実用新案権者は、特許権者と同様な救済及び侵害損失賠償請求権を享有する。実用新案の進歩性基準が低すぎると、革新レベルの低い特許は無効されにくくなる。このような権利と義務とが対等でないことは、公衆にとって不公平であり、技術の伝播や利用を阻害し、科学技術の進展及び社会の発展にも不利である。当然ながら、実用新案の進歩性基準をあまり高くすべきでもない。理由は、特許法の技術革新に対する激励作用にマイナス的な影響を与える恐れがあるからである。したがって、実用新案の進歩性基準を正確かつ合理的に特定することは、特許権者及び社会公衆にとって非常に重要な意味を持つことである。
Ⅴ 後書き
本稿では、「充電器レンタル機」無効審判事件を通じて、実用新案の進歩性判断における3つの争点に関する異なる見解を整理した。本無効事件そのもの及び国家知識産権局より示した典型的な意義からすれば、この3つの争点は解決に至っていないようであり、実用新案の進歩性判断について一層明確な基準も提出されていないものの、少なくとも国家知識産権局は実用新案の進歩性基準を非常に重要視していると言える。今後はどのように発展していくかは期待される。