北京魏啓学法律事務所  [1]
 
 著者: 陳 涛(Tao CHEN)[2]、陳 傑(Sai CHEN)[3]


近日、西安西電捷通無線網絡通信股份有限公司(以下、「西電捷通社」という。)がソニー移動通信製品(中国)有限公司(以下、「ソニー中国社」という。)を提訴した発明特許権侵害事件の二審は結果が出た。北京市高等裁判所(以下、「二審裁判所」という。)はソニー中国社の控訴を棄却し、北京知的財産裁判所(以下、「一審裁判所」という。)の一審判決を維持する旨の二審判決を言い渡した。本件は標準特許、間接侵害、侵害責任の負担等に関係するため、業界において中国初の標準特許侵害事件、または中国標準特許第一事件と呼ばれている。また、本件のクレームは、複数の実行主体を含む方法クレームであるため、侵害判定を如何に行うかについても広く注目されている。本稿は本件の経緯を紹介した上、本件における直接侵害、間接侵害及び侵害責任の負担に関する認定をメインとして検討する。
 
 基本情報
当事者情報
一審原告、二審被控訴人:西安西電捷通無線網絡通信股份有限公司
一審被告、二審控訴人:ソニー移動通信製品(中国)有限公司
 
判決情報
一審:北京知的財産裁判所(判決番号:(2015)京知民初字第1194号、判決日:2017年3月22日)
二審:北京市高等裁判所(判決番号:(2017)京民終454号、判決日:2018年3月28日)
 
 経緯

2015年7月、西電捷通社は、自社の「無線LANへの移動装置の安全なアクセス及びデータ暗号化通信の方法」という特許(特許番号:ZL02139508.X。以下、本件特許という。)が侵害されたとして、ソニー中国社を一審裁判所に提訴し、侵害の差し止め及び損害賠償を請求した。本件特許は、GB15629.11-2003/XG1-2006標準の標準必須特許である。2009年前後から、スマートフォンはWAPI検査に合格しない限り、工信部に承認される通信機器型式及びネットワークライセンスを取得できないので、本件標準は現実に強制実施されている。

原告は、被告が本件特許の請求項1、2、5、6を侵害していると主張したが、本稿では簡潔さのために請求項1のみ記す。

【請求項1
アクセス認証プロセスは、
移動端末MTは、移動端末MTの証明書を無線アクセスポイントAPに送信し、アクセス認証を要求するステップ1と、
無線アクセスポイントAPは、移動端末MTの証明書及び無線アクセスポイントAPの証明書を認証サーバASに送信し、証明書認証を要求するステップ2と、
認証サーバASは、無線アクセスポイントAP及び移動端末MTの証明書を認証するステップ3と、
認証サーバASは、無線アクセスポイントAPへの認証結果及び移動端末MTへの認証結果を証明書認証応答により無線アクセスポイントAPに送信し、ステップ5を実行し;移動端末MTの認証が失敗した場合、無線アクセスポイントAPは移動端末MTのアクセスを拒否するステップ4と、
無線アクセスポイントAPは、無線アクセスポイントAPの証明書認証結果及び移動端末MTの証明書認証結果をアクセス認証応答により移動端末MTに送信するステップ5と、
移動端末MTは、受信した無線アクセスポイントAPの証明書認証結果を判断し;無線アクセスポイントAPの認証に成功した場合、ステップ7を実行し;そうでない場合、移動端末MTは無線アクセスポイントAPへのログインを拒否するステップ6と、
移動端末MTと無線アクセスポイントAPとの間のアクセス認証プロセスが完了し、双方が通信を開始するステップ7とを含む、
ことを特徴とする無線LANへの移動装置の安全なアクセス及びデータ暗号化通信の方法。

請求項1は移動装置のLANアクセス時のセキュリティ認証方法に関するものである。この特許方法は、移動端末、無線アクセスポイント及び認証サーバという複数の実行主体に関係し、クレームにはこの3つの主体がそれぞれ特定の動作及びやり取りを行うことが規定されている。

一審裁判所は審理を経て以下のように判断した。

ソニー中国社は許諾なしにイ号製品の設計開発、生産製造、出荷検査等においてWAPI機能測定を行い、本件特許方法を実施し、西電捷通社の特許権を侵害した。本件特許は、端末MT、アクセスポイントAP及び認証サーバASという3つの物理的実体を通じて実施するものである。MT側であるイ号製品、およびAP、AS各側の行為はいずれも、本件特許権への独立侵害にならない。そのため、ソニー中国社が「中華人民共和国侵害責任法」(以下、「侵害責任法」という。)第十二条に掲げる共同侵害行為に該当するとした西電捷通社の主張は成立しない。しかし、ソニー中国社がイ号製品にWAPI機能モジュールセットが内蔵されていること、このセットが本件特許を実施するための専用装置であることを知りながら、西電捷通社の許諾を得ずに生産経営のためにこの製品を他者に供給して本件特許を実施させる行為は、侵害幇助行為に該当する。また、双方の当事者がなかなか正式の特許許諾交渉を進められなかったのは、特許実施者の過ちのためである。

以上の認定を踏まえ、一審裁判所は以下の一審判決をした。

(1)ソニー中国社は、西電捷通社の「無線LANへの移動装置の安全なアクセス及びデータ暗号化通信の方法」という第ZL02139508.X号特許への侵害行為を直ちに停止する。
(2)ソニー中国社は西電捷通社の経済損失への賠償として8,629,173人民元を支払う。
(3)ソニー中国社は西電捷通社の合理的な訴訟費用への賠償として474,194人民元を支払う。
(4)西電捷通社の他の請求を棄却する。

ソニー中国社は一審判決を不服として、二審裁判所に控訴した。

二審裁判所は、ソニー中国社の行為が侵害幇助行為に該当するとした一審判決の認定を是正したが、他の認定を認めた。したがって、二審判決は控訴を棄却し、原判決を維持する旨のものであった。
 
 争点及びコメント
本件において、最も注目された争点は下記の4点にある。
(1)ソニー中国社の行為が中国特許法第十一条に規定する直接侵害行為に該当するか。
(2)ソニー中国社の行為が侵害責任法第九条第一項に規定する侵害幇助に該当するか。
(3)ソニー中国社の抗弁事由が成立するか。
(4)ソニー中国社がどのような侵害民事責任を負担すべきか。
上記争点について、当事者の主張、裁判所の判断及び筆者のコメントを以下に記す。
 
1.争点1について

1.1 当事者の主張

西電捷通社は、「品質マネジメントシステム要件」の規定に基づき、被告が本件スマホの設計開発、生産製造、出荷検査等においてWAPI機能が正常であるか否かを確認する必要があると合理的に推測できる、と主張した。

ソニー中国社は、「品質マネジメントシステム要件」は推奨標準であり、被告が必ず採用するわけではなく、採用するとしても実際の状況に応じてこの標準を部分的に省略してもよいと主張するとともに、被告はスマホメーカーであり、被告が提出した検査報告書に示すように、イ号スマホに内蔵されたワイヤレスネットワークアダプターMACチップとそれに使用されるWAPIソフトウェアはいずれもQualcomm社又はBroadcom社からのものであり、被告がWAPI技術製品を組み立てればよく、出荷検査を行う必要はないと説明した。さらに、ソニー中国社は控訴時に、製造、販売したイ号製品が本件特許の構成を「すべて充足する」ものではないと主張した。

1.2 一審裁判所の判断

原告の証拠調査申請に基づき、一審裁判所は、被告に本件スマホの開発、製造、テスト等においてWAPI機能を実現するために使用したすべての技術文書、テスト基準、使用した装置、テストデータ及びテストレポート等の証拠を提出するよう命令した。被告は、開発段階のWAPIテストのデータセット、製品型式及びプラットフォーム対応説明表、生産段階のテストデータ等の証拠6件を提出し、開発段階において一部の型式のイ号製品に対してWAPI機能測定を行ったことを明確に認めた。

一審裁判所は以下のように認定した。

「品質マネジメントシステム要件」は、国家質検総局及び国家標準委員会が共同で発表した国家標準であり、製品の設計、開発及び納品又は実施前の検査標準を明確に定めている。被告はこの標準を実行していないと主張するなら、裁判所の要望に従って社内用のテスト基準等の品質管理基準文書を提出して証明しなければならない。

裁判所が、WAPI機能を実現するために使用したテスト基準を提出するよう被告に要望したものの、被告が提出を拒否したことに鑑み、一審裁判所は、開発段階において一部の型式のイ号製品に対してWAPI機能測定を行ったという、被告が自ら認めた事実を認定したほか、被告が本件スマホの製造、出荷検査等において「品質マネジメントシステム要件」という標準を実行しており、WAPI機能測定も行ったと推定している。

1.3 二審裁判所の判断

二審裁判所は、設計開発、生産製造、出荷検査等の段階についてそれぞれ認定すべきであるとした。

設計開発段階について、二審裁判所は原審判決を認め、以下のとおり認定した。

「まず、ソニー中国社は、イ号製品が本件特許を実施できるものであり、イ号製品がGB15629.11-2003/XG1-2006標準に適合していることを認めた。上述のとおり、本件標準における関係発明は、本件特許の請求項1の構成をすべて充足したものである。そのため、ソニー中国社が製造、販売したイ号製品は、AP、ASとともに動作する際に、西電捷通社の本件特許への侵害となる。また、移動通信機器メーカーにおける共通の慣行によれば、WAPI機能測定は型式確認のテスト項目であり、型式確認、認証前の検査段階において行い、しかも一定のサンプルを抽出してテストするのが一般的である。ソニー中国社は、2009年前後から、スマートフォンがWAPI検査に合格しない限り、工信部に承認される通信機器型式及びネットワークライセンスを取得できないことを自認し、開発段階において一部の型式のイ号製品に対してWAPI機能測定を行ったことも認めた。このように、少なくとも設計開発又はサンプル検査段階において、ソニー中国社が許諾なしに本件特許の発明を完全に実施したと判断できる。これにより、ソニー中国社がイ号製品の製造において、本件特許を許諾なしに実施し、西電捷通社の本件特許を侵害したことも認定できる。ソニー中国社が、本件に係る35機種のスマートフォンがいずれもWAPI機能を有すると認めていることから、ソニー中国社が本件に係る35機種のスマホテストのテストにおいて本件特許の方法を実施したと合理的に推定される。」

一方、生産製造及び出荷検査の段階については、二審裁判所は原審判決の認定を採用していない。理由は下記のとおりである。

「WAPI発明の実施は、移動端末MTに証明書を予めダウンロードし、複雑なインストールの操作を行う必要があり、これらの操作手順は時間がかかる。移動端末の出荷検査段階において、すべての移動端末に対してWAPI機能測定を行うことは、工業生産ラインの稼働効率の要求に適合しない。WAPI機能測定は、型式確認、認証前の検査段階において行い、しかも一定のサンプルを抽出してテストするのが一般的であり、出荷検査等の段階でテストするわけではない。また、「品質マネジメントシステム要件」は推奨標準であり、ソニー中国社は必ず採用するわけではなく、採用するとしても実際の状況に応じてこの標準を部分的に省略してもよいと明確に主張した。」

二審裁判所は最終的に、現時点の証拠はソニー中国社が生産製造、出荷検査の段階において本件特許を実施したことを証明できないものの、スマホ製造業界では、製品の設計開発、製品型式決定後の生産製造及び出荷検査のいずれの段階において本件特許を実施したかを問わず、特許法上の本件特許の実施行為に該当するため、ソニー中国社がイ号製品の製造において本件特許を実施しており、西電捷通社の本件特許を侵害している、と判断した。

1.4 コメント

一審において、ソニー中国社は裁判所の要望に応じて、開発段階のWAPIテストのデータセット、製品型式及びプラットフォーム対応説明表、生産段階のテストデータ等の証拠6件を提出し、開発段階において一部の型式のイ号製品に対してWAPI機能測定を行ったことを明確に認めた。ソニー中国社の自認及び移動通信機器メーカーにおける共通の慣行に基づき、少なくとも設計開発又はサンプル検査の段階において、ソニー中国社が許諾なしに本件特許の発明を完全に実施したと判断できる。したがって、一審及び二審裁判所の上述した認定は妥当であると思われる。

しかし、生産製造及び出荷検査の段階については、二審裁判所は、「品質マネジメントシステム要件」から出荷検査においてWAPI機能測定が行われたと推定できるとした一審裁判所の判断を明確に否定しており、現時点の証拠はソニー中国社が生産製造、出荷検査の段階において本件特許を実施したことを証明できないことも指摘している。このような判断は、ソニー中国社の侵害行為の実施範囲を狭く認定しているように思われる。
 
2.争点2について

2.1 当事者の主張

西電捷通社は、被告が製造した本件スマホは、必須の道具として、他者による本件特許の実施を幇助したと主張した。

ソニー中国社は、「本件特許を直接実施できるのはユーザーのみであり、ユーザーが本件特許を実施したことを証明する証拠はない。ユーザーが本件特許を実施したとしても、ユーザーの直接侵害が存在しないため、被告も共同侵害にならない。イ号製品は実質的非侵害用途を有する。被告に過ちがあるとは推定できない。よって、被告は他者による本件特許の実施を幇助していない。」と主張した。

2.2 一審裁判所の判断

一審裁判所は、「通常、間接侵害行為は直接侵害行為の存在を前提とする。しかし、これは、特許権者は別の主体が直接侵害行為を実際に実施したことを証明しなければならないことを意味していない。特許権者は、イ号製品のユーザーが製品の設計形態どおりに製品を使用すれば、特許の構成要件をすべて充足することさえ証明すればよい。ユーザーが侵害責任を負担するかしないかは、間接侵害行為の成立とは無関係である。このような解釈する理由は、使用方法特許では、請求項に規定する構成要件をすべて充足する主体がユーザーである場合が多い。一方、ユーザーは「生産経営のため」ではないため、特許侵害にならない。このような場合には、「間接侵害行為は直接侵害行為の存在を前提とする」という基準を機械的に適用すると、ユーザーに関わる使用方法特許は、法律により保護されなくなってしまい、このような使用方法にも特許を付与する特許制度の趣旨に反することとなる。」「被告は、イ号製品にWAPI機能モジュールセットが内蔵されていること、このセットが本件特許を実施するための専用装置であることを知りながら、西電捷通社の許諾を得ずに生産経営のためにこの製品を他者に供給して本件特許を実施させる行為は、侵害幇助行為に該当する。」と認定した。
 
2.3 二審裁判所の判断

二審裁判所は、直接実施者が特許侵害にならないために「間接侵害」行為者が民事責任を負担することは例外であり、下記要件を満足する必要があるとした。

①行為者は、かかる製品が、特許の実施のために専用の材料、中間物、部品、機器などであることを知りながら、特許権者の許諾を得ずに、当該専用品を生産経営のために直接実施者に供給すること。

②当該専用品は本件特許発明には「実質的」役割があること。すなわち、材料、中間物、部品又は機器などのかかる製品は、些細なもの、副次的な位置づけのものではなく、本件特許発明の実施に必要不可欠で、しかも重要な位置づけにあること。

③当該専用品は「実質的非侵害用途」を有しないこと。すなわち、材料、中間物、部品又は機器などのかかる製品は、共通製品又は汎用製品ではなく、本件特許発明への使用以外の合理的な経済・商業的用途を有しないこと。

④直接実施者の存在を証明する証拠があり、かつ当該実施者は「生産経営のためではない」個人又は特許法第六十九条第三、四、五号に該当すること。
 
また、二審裁判所も、ソニー中国社のイ号製品におけるハードウェアとソフトウェアとからなるWAPI機能モジュールセットは、本件特許の実施以外の実質的用途を有しないため、本件特許を実施するための専用装置であると認定している。

しかし、二審裁判所は最終的に、ソニー中国社の行為が侵害幇助に該当しないと判断した。理由は「本件特許は方法特許であり、移動端末に内蔵されたWAPI機能モジュールのほか、AP及びASの装置もともに動作する必要がある。つまり、本件特許は典型的な「複数の主体により実施される」方法特許であり、この発明は実施時に複数の主体の関与が必要で、複数の主体が共同又は相互に動作してこそ初めて完全に実施できる特許発明である。本件において、ソニー中国社は、AP及びASの装置を供給しておらず、WAPI機能モジュールを内蔵した移動端末のみ供給している。移動端末MT、無線アクセスポイントAP及び認証サーバASは、三者対等セキュリティアーキテクチャであり、移動端末MT、無線アクセスポイントAP及び認証サーバASは相互のやり取りがないと、本件特許を実施できない。したがって、本件において、個人ユーザーを含むいずれの実施者も、独自で本件特許を完全に実施することができない。また、単一の行為者が他の行為者の実施行為を指導・制御したり、複数の行為者が共同で協力し合って本件特許を実施したりするような事情もない。直接実施者が存在しないことを背景に、そのうちの要素一つの供給者が侵害幇助に該当すると認定すると、上記侵害幇助の要件を満足せず、また、権利者への保護を過度に拡大し、社会公衆の利益を不当に損なうこととなる。」である。

2.4 コメント

本件特許は複数の主体を含む方法クレームである。その発明を完全に実施するには、端末(MT)、アクセスポイント(AP)、認証サーバ(AS)という3つの協働が必要である。したがって、ソニー中国社がユーザーにスマートフォンを販売する行為は、本件特許への直接侵害にならないのは当然である。一方、ソニー中国社の行為が侵害幇助になるか否かについては、一審裁判所と二審裁判所の判断が異なっている。この不一致は、中国の立法、司法において長く議論されている特許間接侵害に関わっている。

(1)間接侵害に関する立法の現状

侵害責任法第9条には、
「第九条 他者の侵害行為の実施を教唆、幇助した者は、行為者との連帯責任を負担する。」と規定されている。
「特許権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈(二)」(法釈〔2016〕1号)第21条には、
「かかる製品が、特許の実施のために専用の材料、機器、部品、中間物などであることを知りながら、特許権者の許諾を得ずに、当該製品を生産経営のために他者に供給して他者が特許権侵害行為を実施し、権利者は当該供給者の行為が権利侵害責任法第9条に掲げる侵害幇助行為に該当すると主張する場合、裁判所はその主張を認めなければならない。
かかる製品、方法に特許権が付与されたことを知りながら、生産経営のために他者を積極的に誘導して他者が特許権侵害行為を実施し、権利者は当該誘導者の行為が権利侵害責任法第9条に掲げる侵害教唆行為に該当すると主張する場合、裁判所はその主張を認めなければならない。」と規定されている。

(2)中国の特許間接侵害に関する運用の発展

2000年中国特許法第2回改正の際に、中国特許庁が国務院に提出した改正案ドラフトには、間接侵害を禁止する条文はあった。しかし、TRIPS協定には特許間接侵害に関する定めがなく、中国としてはTRIPS協定の基準を超える保護を設けるべきではないという意見があった。その結果、全国人大常委会の特許法改正案では間接侵害に関する条文は削除された。2006年の第3回改正においても、間接侵害に関する条文はなかった。この点について、中国特許庁は、「特許法に特許間接侵害行為の禁止に係る規定を加えることは実質上、特許権の保護を、特許技術に関係していても自分自身が特許を受けていない製品まで拡大することである。したがって、特許間接侵害問題は、特許権者の利益と公衆の利益との非常に敏感なグレーエリアとなっている。関係するルールの制定及び適用に少しでも不当があれば、公知技術を自由に使用できる公衆の権利を損なうこととなる。また、間接侵害に係る行為は、民法通則の共同侵害に関する規定に基づいて救済を受けることができる。よって、特許法において特許間接侵害を定めるのはまだ時期尚早である。」 と説明している。

プラクティスにおいて、中国では1993年から間接侵害に関する裁判が起こってきた。これまで3回の中国特許法改正では特許間接侵害の問題に関して体系的な定めがないため、裁判所は実務においてよく運用の不一致が生じる。
2001年、北京高裁は「特許侵害判定における若干の問題に関する意見(試行)」において、特許間接侵害の概念及び範囲に関する一連の規定を定めていた。その第73条には、間接侵害の定義として、「間接侵害とは、行為者が実施した行為は他者特許への直接侵害にはならないものの、他者特許を実施するように第三者を誘導、勧誘、教唆して直接の侵害行為を発生させ、行為者には、他者特許を侵害するように第三者を誘導又は教唆する主観的故意があり、第三者の直接侵害行為の発生に必要な条件を客観的に提供したことを言う。」との記載があった。

また、上記2001年の「意見」では、独立した間接侵害制度の構築に関する試みもあった。具体的には、

「78.間接侵害は通常、直接侵害の発生を前提条件としなければならず、直接侵害行為の発生がない場合、間接侵害は存在しない。

79.下記のような、法律に基づく直接侵害行為不追及又は特許非侵害みなしがあった場合、間接侵害行為者の侵害責任を直接追及することができる。

(1)この行為が特許法第63条に掲げる特許非侵害みなしの行為に該当する場合。
(2)この行為が個人の非営利目的の、特許製品の製造、使用又は特許方法の使用行為に該当する場合。

80.中国の法律に基づいて認定される直接侵害行為が国境外で発生しているか、又は国境外で発生している可能性がある場合、間接侵害行為者の侵害責任を直接追及することができる。」との記載があった。

上記の規定について、プラクティスでは反対の声が多かった。その理由はほとんど、間接侵害は法律には根拠がないため、地方の裁判所による規則が法律の定めを超えるのは妥当ではないというものであった。北京高裁はこのような指摘を受け止め、2013年に発表した「特許侵害判定指南」において間接侵害に関する規定を削除した。間接侵害の問題については、民法通則及び侵害責任法における共同侵害理論に基づき、他者の特許侵害行為の実施に対する教唆、幇助等の間接侵害行為を共同侵害行為として認定する。

2016年3月、中国最高裁は上述の司法解釈〔2016〕1号を発表し、特許間接侵害に関する第21条を設けることにより、中国の裁判において特許間接侵害に関する適用規則が欠けていた問題を解決した。2015年12月に国務院法律事務室が発表した「中華人民共和国特許法改正案(審議稿)」では、新たに追加された第62条は、司法解釈〔2016〕1号第21条と実質的同様のルールを定めている。

上記司法解釈に基づき、北京高裁が2017年に発表した「特許侵害判定指南(2017)」も、他者の特許侵害行為の実施に対する教唆、幇助等の間接侵害行為を共同侵害行為として認定することにより、特許間接侵害行為を規制する。この「特許侵害判定指南(2017)」の第118条には、「他者の実施する行為が特許法第十一条に規定する特許侵害行為に該当することを知りながら、教唆、幇助した場合、教唆者又は幇助者は、実施者との共同侵害者となり、連帯責任を負担しなければならない。」と記載され、第119条及び第120条は具体的な幇助行為、第121条及び第122条は具体的な教唆行為を定めている。

一方、「特許侵害判定指南(2017)」第119条には、

「行為者は、かかる製品が、対象特許の発明を実施するために専用の材料、中間物、部品又は機器などの専用品であることを知りながら、特許権者の許諾を得ずに、当該専用品を生産経営のために他者に供給し、他者が特許権侵害行為を実施した場合、行為者の当該専用品の供給行為は本指南第118条に規定する他者の特許権侵害の実施に対する幇助行為に該当する。ただし、当該他者が本指南第130条又は特許法第六十九条第(三)、(四)、(五)号に規定する事情に該当する場合、当該行為者が民事責任を負担する。」との記載がある。
「特許侵害判定指南(2017)」第130条には、
「生産経営のためではない私的利用等のための他者特許の実施は、特許権侵害にならない。」との記載がある。

 3)特許間接侵害の成立要件

間接侵害の成立要件、特に直接侵害の存在を前提とするかについては、特許間接侵害に関する「従属説」と「独立説」の対立がある。前者は、特許間接侵害が直接侵害に従属し、直接侵害の存在を前提とするという考えであり、後者は、特許間接侵害が、独立した侵害形態であり、直接侵害の存在の有無を問わないという考えである。さらに、通常は直接侵害の成立を前提とするが、特定の場合には間接侵害者の責任を直接問うことができるとする「折衷説」もある。

文言からすれば、司法解釈〔2016〕1号第21条は「従属説」を採用し、間接侵害に関して、侵害幇助と侵害教唆をそれぞれ定める条文を設け、侵害責任法系に帰属させている。つまり、司法解釈〔2016〕1号では、特許間接侵害は、特許侵害と独立して存在する形態ではなく、特許侵害に付属する幇助行為、教唆行為として位置付けられ、特許侵害者との連帯責任が問われる。侵害幇助の構成要件は、「専用品+主観的故意+他者が侵害行為を実施した」というものであり、教唆侵害の構成要件は、「主観的故意+積極的な誘導行為+他者が侵害行為を実施した」というものであると整理できる。

「従属説」によれば、行為者が生産経営のために主観的な故意をもって専用品を消費者に供給し、この消費者が最終製品の完成又は特許方法の使用を実施した場合では、行為者の責任を問うことはできない。理由は、①行為者が特許発明の完全な実施をしていないので、直接侵害にならず、②消費者の実施が生産経営のためではないので、直接侵害ではなく、侵害責任を負担せず、③直接侵害行為が存在しないので、行為者も間接侵害にならないというものである。

「従属説」に上述の問題があることを認識したためか、北京高裁は、特許侵害行為を実施するように他者を教唆する間接侵害行為については、直接侵害行為の発生を前提とする「従属説」を採用しているが、他者の特許侵害行為の実施を幇助する間接侵害行為については、原則として「従属説」、例外として「独立説」を採用する折衷的な扱いを取っている。「特許侵害判定指南(2017)」の上述の規定によれば、直接実施者である「他者」が特許侵害にならず「間接侵害」行為者が民事責任を負担する場合の要件は、「専用品+主観的故意+他者が特許発明を実施した」というものであると整理できる。

本件では、一審裁判所も実質上、折衷説を採用していると考えられる。一審裁判所は、司法解釈〔2016〕1号第21条をそのまま適用したわけではなく、「間接侵害」行為者が民事責任を負担する場合の要件を「専用品+主観的故意+特許発明を充足する行為が必ず発生する」と見直した。つまり、行為者が生産経営のために専用品を意図的に「ユーザー」に供給した後、特許発明を充足する行為が必ず発生することを証明できれば、「ユーザー」の行為が直接侵害になるかを問わず、行為者は侵害幇助に該当する。一審裁判所は、一審判決において、「使用方法特許では、請求項に規定する構成要件をすべて充足する主体がユーザーである場合が多い。一方、ユーザーは「生産経営のため」ではないため、特許侵害にならない。このような場合には、「間接侵害行為は直接侵害行為の存在を前提とする」という基準を機械的に適用すると、ユーザーに関わる使用方法特許は、法律により保護されなくなってしまい、このような使用方法にも特許を付与する特許制度の趣旨に反することとなる。」と特に判示している。

二審裁判所も実際には、一審裁判所の折衷説の採用に賛成している。二審判決には、「特定の場合、特許を直接実施した行為者は「生産経営のためではない」個人であるか、又は特許の直接実施行為は特許法第六十九条第三、四、五号に該当する。直接実施行為が特許侵害にならない場合、「間接侵害」行為者に民事責任を負担させないと、多くの通信、ソフトウェアの使用方法特許は、法律による有効・十分な保護が得られず、技術のイノベーションへの奨励及び権利者の適法な利益への保護を図る上で不利となる。」と判示され、例外として扱う場合の必要条件4点も示されている。

4)複数の実行主体を有する方法クレームの侵害判定について

一審裁判所と二審裁判所とで間接侵害に関する判断の結論が異なったのは、実は一審裁判所が本件の複数の実行主体を有する方法クレームの侵害判定の特殊性を見逃したからである。上述した一審判決の内容からすれば、一審裁判所は、ユーザーが製品の設計形態どおりに製品を使用すれば、特許の構成要件をすべて充足すると判断したため、本件特許の請求項の構成要件をすべて充足する主体がユーザーであると認定していた。しかし、実際には、本件特許は複数の実行主体を有する方法特許である。本件において、二審裁判所が判示したように、個人ユーザーを含むいずれの実施者も、独自で本件特許を完全に実施することができない。直接実施者が存在しないことを背景に、そのうちの要素一つの供給者が侵害幇助に該当すると認定することは、上記侵害幇助の要件を満足しない。

本件特許は、複数の実行主体を有する方法クレームである。このようなクレームでは、異なる複数の実行主体によってそれぞれ実行される複数のステップがある。これは方法クレームの書き方の一つであるが、インタラクティブ型の方法の場合、このような書き方では、方法の実行主体に関して特別な工夫をせず、このインタラクティブ型方法の実際の実行状況に応じて、複数の実行主体がそれぞれ異なるステップを実行するような書き方でこの方法特許の権利範囲を示すだけである。オール・エレメント・ルールによれば、行為者は方法クレームのすべてのステップを実行しない限り、侵害にならない。そのため、このような複数の実行主体を有する方法クレームの特許侵害判定は非常に困難である。

業界では、「本件において、ソニー中国社が特許方法におけるAP、AS側のステップを実施しておらず、MT側の動作のみ実施したが、MT、AP、ASがいずれもこの方法に対応する標準に基づいてそれぞれのステップを実施するため、MT、AP、ASの三者間に意思疎通があり、この三者により構成される全体の行為が特許の権利範囲に属し、特許侵害となる。したがって、侵害責任法第8条の「二人以上が侵害行為を共同で実施し、他者の損害をもたらした場合、連帯責任を負担しなければならない」という規定に基づき、ソニー中国社はMT動作の実行者、共同侵害行為の一員として、特許直接侵害の連帯責任を負担すべきである。」という見方もある。

筆者は上記見方に賛成していない。この見方は、MT、AP、ASの三者協働において、MTの動作が端末のユーザーにより実行されるものであり、ソニー中国社の行為が3つの主体の協働における要素の一つを供給するものにすぎないことを見逃している。

侵害責任法第8条に規定する共同侵害行為は、主観的意思の共通性及び損害結果の統一性を要件とするものであり、共同故意と、共同過失という2つの共同の過ち形態を含む。また、侵害行為者の行為による損害結果は、共同意思に適合する全体である。特許侵害の場合、特許共同侵害の代表的な形態は、複数の侵害者が共同で故意によって特許を侵害することである。ここで、共同の過ちとは、行為者には、他者特許への侵害行為を共同で実施する故意があり、すなわち、行為者同士には役割分担関係があり、各行為者はそれぞれ実施する行為が結び付けられて全体で一つの行為とされることを知っていることをいう。これと同様に、「特許侵害判定指南(2017)」の第116条には、「二人以上が共謀又は役割分担で特許侵害行為を実施した場合、共同侵害となる」との規定がある。

本件において、端末のユーザーは、WAPIモジュールを通じて無線LANにアクセスしたいだけであり、端末において具体的に実行される手順は分からず、さらにAP及びASにおいて実行される手順どころか、認証サーバASの存在すら知らない。この三者が連帯責任における共同故意の基準を満たさないことは明らかである。したがって、個人の端末の使用において、二審裁判所が判示したように、複数の行為者が共同で協力し合って本件特許を実施するような事情はない。

また、二審判決において、北京高裁が「単一の行為者が他の行為者の実施行為を指導・制御するような事情はない」との言及もしたのは、米国の裁判実務において形成された「制御又は指導(control or direction)」の基準を参考にしたからではないかと思われる。上記基準は、被疑侵害者が侵害行為の首謀者(mastermind)であり、かつ、他者を制御又は指導して侵害行為全体を完成させた場合のみ、他の行為者の行為を被疑侵害者の責任とし、さらに被疑侵害者が特許への直接侵害となると判断できることを強調している。では、北京高裁も「制御又は指導」の基準で、複数の実行主体を有する方法クレームの特許侵害を判断しているのか?この点について現時点では簡単に断言できないが、インターネット、クラウド等の技術の発展に伴い、複数の実行主体を有する方法クレームに係る侵害事件がさらに起こると予測され、このような事件に関して裁判所が今後どのように判断するかについては注目し続けていこう。
 
3.争点3について

ソニー中国社の抗弁事由は、①ソニー中国社がWAPIテストに使用したAP及びAS装置(IWNA2410)は本件特許を実施するための専用装置であり、西電捷通社によって適法に販売されたものであるため、本件特許の権利は消尽した点、②イ号製品のWAPI機能を実現するチップは、チップメーカーが供給したものであるため、西電捷通社の特許は権利消尽した点、③本件特許は国家強制標準に含まれ、西電捷通社は、「公正・合理的・無差別」のライセンス供与宣言をしているため、ソニー中国社が侵害にならない点、という3点にある。

その抗弁事由②について、ソニー中国社にチップを供給したチップメーカーであるQualcomm社は、一審裁判所の「証拠調査協力通知」への返答において、Qualcomm社及びその子会社が本件特許のライセンスを取得していないことを明かしているため、権利の消尽に関するソニー中国社の抗弁事由②の主張は事実の根拠が欠如する。したがって、抗弁事由②に関しては詳細を省略し、抗弁事由①、③に関しては裁判所の判断及び笔者のコメントを以下に記す。

3.1 専用装置の販売が権利の消尽をもたらすかについて

1)一審裁判所の判断

一審裁判所は、下記2点の理由により、単なる「使用方法特許」では権利の消尽は存在しないと判断している。

(i) 中国特許法第六十九条第一項第(一)号によれば、特許製品、又は特許方法により直接得た製品が、特許権者又はその許諾を取得した者により販売された後に、当該製品の使用、販売の申し出、販売、輸入を行う場合は、特許権侵害とみなさない。そのため、中国の現行法律において、方法特許の権利の消尽は、「特許方法により直接得た製品」の場合、つまり「製造方法特許」のみに適用される。単なる「使用方法特許」の場合には、権利の消尽は存在しない。

(ii) 中国特許法第十一条には、「発明特許権及び実用新案特許権が付与された後、本法に別段に定めがある場合を除き、いかなる法人又は個人も特許権者の許諾を得ずに、その特許を実施してはならない。すなわち、生産経営を目的とするその特許製品の製造、使用、販売の申し出、販売、輸入、又はその特許方法の使用、及びその特許方法により直接得られた製品の使用、販売の申し出、販売、輸入はしてはならない。」と定められている。このように、中国特許法第十一条では、方法特許の権利範囲に関して、「その特許方法の使用、及びその特許方法により直接得られた製品の使用、販売の申し出、販売、輸入」と明確に記載されているのに対して、「その特許方法の使用」という文言は第六十九条第一項第(一)号には記載がない。つまり、立法者の考えでは、「使用方法特許」の場合に権利の消尽は存在しないか又は権利の消尽を定める必要はないと考えられる。よって、「使用方法特許」は中国特許法に定める権利の消尽の範疇に属しない。

したがって、一審裁判所は、西電捷通社が検査装置を販売する行為は、この装置の使用方法特許の権利消尽をもたらさないと判断している。

2)二審裁判所の判断

二審裁判所は、西電捷通社が販売した装置は、本件特許方法を実施するための専用装置であることを認めているが、「特許法第六十九条第一項第(一)号に規定する特許権の消尽原則は、適法に販売される製品自体の特許権のみ消尽させる。適法に販売される特許方法の実施又は特許製品の製造のための専用装置又は専用部品・部材が、製品又は方法特許の権利まで消尽させるというわけではない。特許製品又は特許方法により直接得た製品の場合のみ、特許権の消尽が存在する。単なる使用方法特許は、製品に及ばないので、権利の消尽は通常存在しない。」として、権利の消尽に関するソニー中国社の主張が成立しないと判断した。

3)コメント

特許権の消尽について法律上定めたのは、特許法第六十九条第一項第(一)号のみである。また、上述した裁判所の判断のとおり、上記法律の条文からすれば、確かに「製品特許」及び「製造方法特許」のみに関係する。実務においても、権利の消尽に関わる判例は非常に少ない。

北京高裁は、「特許侵害判定指南(2017)」第131条において、下記のように権利の消尽に関する具体的な規定を設けている。

「特許製品又は特許方法により直接得た製品が、特許権者又はその許諾を取得した者により販売された後に、当該製品の使用、販売の申し出、販売、輸入を行う場合は、特許権侵害とみなさない。 具体的には、下記の場合を含む。

(1)特許権者又はその被許諾者が中国の国内においてその特許製品又は特許方法により直接得た製品を販売した後に、購入者が中国の国内において当該製品の使用、販売の申し出、販売を行う場合。
(2)特許権者又はその被許諾者が中国の国外においてその特許製品又は特許方法により直接得た製品を販売した後に、購入者が当該製品を中国の国内に輸入して中国の国内において当該製品の使用、販売の申し出、販売を行う場合。
(3)特許権者又はその被許諾者がその特許製品の専用部品を販売した後に、この部品の使用、販売の申し出、販売を行うか又はこれを組み立てて特許製品を製造する場合。
(4)方法特許の特許権者又はその被許諾者が、その特許方法を実施するための専用装置を販売した後に、当該装置を用いて当該方法特許を実施する場合。」

そのうち、第(1)号及び第(2)号は完全に中国特許法第六十九条第一項第(一)号の規定の範囲に含まれているものであり、第(3)号及び第(4)号は間接侵害の場合を考慮してある程度拡張したものである。特に第(4)号は、本件に適用でき、本件特許の権利の消尽をもたらすように思われる。一方、第131条の主文からすれば、依然として中国特許法の規定に基づくものであり、すなわち、特許製品及び特許方法により直接得た製品の権利の消尽に関する規定である。もっとも、北京高裁の「特許侵害判定指南(2017)」は地方裁判所の裁判のガイドラインとして、そもそも法律の枠内で解釈をするものにすぎず、法律の規定を超える裁判の根拠にはならない。
法理の観点からすれば、特許方法を実施するための専用装置であることを知りながら、それを販売するか、又はこの装置を用いて方法特許を実施するように誘導する行為は、幇助又は誘導による共同侵害となり、侵害責任を負担する可能性がある。一方、特許権者と公衆の権利、義務及び利益のバランスからすれば、特許権者が特許方法を実施するための専用装置を販売し、使用方法を示す行為は、この装置の使用方法に関する黙認許諾であると考えられる。本件の場合、ソニー中国社の抗弁は、ある程度の合理性はあるが、現行法律下では、一審裁判所及び二審裁判所の判決も適法性がある。この問題について、法律法規及び適用解釈のさらなる完備化により解決することが期待される。

3.2 本件特許が国家強制標準に組み込まれ、西電捷通社がFRANDライセンス供与宣言を行ったことを理由とするソニー中国社の非侵害抗弁が成立するかについて

1)一審裁判所の判断

一審裁判所は以下のとおり判断した。

①本件標準は強制的な国家標準であり、本件特許は強制的な国家標準に組み込まれた必須特許である。

②現行法律では、特許侵害になるかの判断において、法律上の根拠は中国特許法第十一条であり、具体的なルールは「特許権紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈」第七条に規定する「オール・エレメント・ルール」である。上記法律の条文及び司法解釈のルールでは、一般特許と標準必須特許は区別されていない。許諾なしに実施したものが標準必須特許である場合でも、特許侵害の問題はある。

③FRANDライセンス供与宣言は、特許権者の承諾にすぎず、一方的な民事法律行為である。この承諾は、すでにライセンスを行ったことを意味しない。つまり、本件のFRAND供与宣言だけでは、双方の間に特許ライセンス契約が締結されていると考えることができない。したがって、本件特許が国家強制標準に組み込まれており、原告がFRANDライセンス供与宣言を行ったことは、被告の非侵害抗弁の理由にはならない。

2)二審裁判所の判断

二審裁判所は以下のとおり判断した。

①本件の上記国家強制標準は実施が延期されているため、効力からすれば、この技術標準は推奨的な国家標準とみなすべきである。
②中国最高裁の特許法律適用に関する司法解釈二第二十四条第一項には、「国家、業界又は地方の推奨標準に関連必須特許の情報が明示されており、被疑侵害者は、当該標準の実施には特許権者の許諾が必要でないことを理由に、当該特許権に対して非侵害である旨の抗弁を行う場合、裁判所は通常、その抗弁を認めない。」と規定されている。上述した司法解釈の規定によれば、本件特許が国家標準に組み込まれていることは、ソニー中国社の非侵害抗弁の理由にはならない。

3)コメント

一審と二審裁判所は結論は一致しているが、理由は完全には同一ではない。一審裁判所は、標準特許と一般特許は侵害判断については区別がなく、侵害の判断は国家強制標準に組み込まれたか否かを問わないという理由であったのに対して、二審裁判所は、国家強制標準に組み込まれた特許の場合には通常、実施者が権利者の許諾を得ずとも実施できると判断している。一方、本件において、二審裁判所は本件標準を推奨的な国家標準として認定した上で、司法解釈二の規定に基づき、推奨標準に必須特許の情報が明示されている場合、非侵害抗弁の理由にはならないと判断している。

本件標準が強制標準であるかについては、本件標準は2009年前後から現実には強制実施されているため、2004年6月1日に本件標準の強制実施が延期されたという事実状態はすでになくなった。この事実状態を無視し、これを無理矢理に推奨的な国家標準として認定した二審裁判所の扱いは、多少「掩耳盗鐘」のようなイメージがある。その原因については、司法解釈二には、強制標準の必須特許に関しては明確な規定はなく、推奨標準の必須特許の扱いのみ規定されているからであると考えられる。二審判決から、二審裁判所が、国家強制標準に組み込まれた特許の場合には通常、実施者が権利者の許諾を得ずとも実施できると考えていることは明らかである。この場合、特許権者は特許侵害ではなく、ライセンス料や他の条件を主張すべきであるため、これは非侵害抗弁の理由になる。

中国における標準必須特許の扱いを振り返ると、下記司法解釈が重要な位置付けにあることが分かる。

中国最高裁は2008年7月に、遼寧省高裁の「季強、劉輝と朝陽市興諾建築工程有限公司との特許侵害紛争事件に関する問い合わせ」への回答(2008)民三他字第4号において、「我が国の標準制定機関が、標準における特許情報の公開、開示及び使用の制度を確立させていない現実状況に鑑み、特許権者が標準の制定に参加したか又はその同意を得て特許を国家、業界又は地方の標準に組み込んだ場合、特許権者が標準の実施に伴う当該特許の実施を他者に許諾したとみなし、他者のかかる実施行為は特許法第十一条に規定する特許権侵害行為にならない。」と指摘している。

上記司法解釈は、強制標準か推奨標準かを問わず、標準の必須特許に係る侵害行為の成立を直接否定しているように思われる。一方、上記司法解釈には「我が国の標準制定機関が、標準における特許情報の公開、開示及び使用の制度を確立させていない現実状況に鑑み」との言及もあるが、2013年12月19日、国家標準委員会、中国特許庁は「国家標準に係る特許の管理規定(暫行)」を発表し、この規定は2014年1月1日から施行されている。この規定は、標準に係る特許の公開、開示及び使用の制度を定めている。この規定の施行によって、上記司法解釈において言及された背景が変わったといえば、2016年4月から実施している特許司法解釈二はさらに標準必須特許の扱いを明確に変更し、少なくとも推奨的な国家標準に係る必須特許の侵害事件の扱いを変更した。

また、強制的な国家標準について、上記「国家標準に係る特許の管理規定(暫行)」では、強制的な国家標準は通常、特許に関係しないとの言及がある。もっとも、この規定の発表は本件標準の制定より遅いものである。本件において、現実に強制実施された標準が特許に関係しているという問題は確かにあった。法理の観点から、強制標準の必須特許の実施が許諾不要であるとする二審裁判所の考えのほうがより合理的であるが、この問題に関して標準必須特許であるか否かを問わない一審裁判所の解決方針がより法律法規の現状に合っている。
 
4.争点4について

通常、特許侵害事件において、侵害の民事責任は、侵害停止及び損害賠償を含む。通常、賠償額は当事者間の争点になる。一方、本件は標準必須特許に関係するため、侵害停止の民事責任を適用すべきかについても争点となった。

4.1 侵害停止について

1)当事者の主張

西電捷通社は、2009年からソニー中国社に特許ライセンスを提案し、リスト及び見積もりを提示したが、ソニー中国社は取引を成立させる意欲がなかったとして、「ソニー中国社が侵害行為を停止する」と判決すべきであると主張した。

ソニー中国社は、西電捷通社が侵害対比表を提示しておらず、ソニー中国社が侵害になるかについて不明であり、明らかな過ちはないため、侵害行為の停止を判決すべきではないと主張した。

2)裁判所の判断

本件において、双方の当事者は2009年3月から2015年3月にかけて、本件特許のライセンスについて協議した。西電捷通社はソニー社に特許ライセンスリストを提示し、ソニー中国社は、イ号製品となるスマートフォンが侵害になるかについて疑問を示し、西電捷通社に詳細なクレーム対比表の提示を求めた。双方の協議において、ソニー中国社は「クレーム対比表を提示すべき」との主張を、2015年3月13日の交渉終結時まで持ち続けていた。その間に、西電捷通社は、秘密保持契約の締結又は2009年の秘密保持契約を前提にクレーム対比表をソニー中国社に提示できると明かしたが、ソニー中国社は西電捷通社に秘密情報なしのクレーム対比表の提示を要望し続けていた。

一審裁判所は以下のとおり判断した。

①本件特許は標準必須特許である。被告は、原告によるクレーム対比表の提示に頼らずに、イ号製品におけるWAPI機能ソフトが本件特許の権利範囲に属するかを判断できると考えられる。したがって、被告が原告にクレーム対比表の提示を要望することは合理的であるとはいえない。

②クレーム対比表は、特許権者の見解や主張を含む可能性がある。そのため、特許権者が秘密保持契約の締結を求めることは合理的である。

以上より、一審裁判所は、双方の当事者がなかなか正式の特許許諾交渉を進められなかったのは、ソニー中国社の過ちのためであると判断し、西電捷通社の侵害差し止め請求を認めた。

二審裁判所は一審裁判所の判断を実質的に認め、双方の交渉においてソニー中国社には明らかな過ちがあったと認定し、二審判決において「訴訟段階でも、ソニー中国社は明確なライセンス条件を提案しておらず、自身が主張するライセンス料又はその金額以上の担保も適時に裁判所に提出しておらず、ライセンス交渉の誠意を示していない。」と明確に指摘している。

3)コメント

司法解釈〔2016〕1号第24条の規定によれば、特許権者に過ちがあり、協議において被疑侵害者には明らかな過ちがない場合、裁判所は、標準実施行為の差し止めを請求する権利者の主張を認めない。

北京高裁は「特許侵害判定指南(2017)」においてさらに詳細な規定を定めている。

「特許侵害判定指南(2017)」第152、153条にはそれぞれ下記の規定がある。

「標準必須特許の特許権者が公正・合理的・無差別の許諾義務に意図的に違反したことを示す証拠がなく、かつ、被疑侵害者には標準必須特許の実施許諾協議において明らかな過ちがない場合、被疑侵害者は、自身が主張するライセンス料又はその金額以上の担保を裁判所に適時に提出すれば、標準実施行為の差し止めを請求する特許権者の主張は通常認めない。」

「特許権者が公正・合理的・無差別の許諾義務を履行しておらず、協議において被疑侵害者にも明らかな過ちがある場合、当事者双方の過ちの度合いを検討し、許諾協議の中断についてどちらが主要責任を負担するかを判断した上で、標準実施行為の差し止めを請求する特許権者の主張を認めるかを決定する。」

上述した規定は、特許権者に過ちがなく、被疑侵害者に明らかな過ちがある場合の扱いを明確に定めていないが、差し止め請求が認められるという結論は容易に導き出せる。また、仮にこのような場合でも、裁判所が侵害差止命令を下すことができないとすると、標準必須特許の特許権者が差止命令による救済を求める可能性はほぼ全般に否定されることとなり、実施者による特許権者への「逆ハイジャック」が発生しやすくなり、標準必須特許を保護する上で不利になる。したがって、過ちがあった実施者の実施行為を差し止めることは問題はない。

留意すべき点は過ちの事情の認定である。「原告にクレーム対比表の提示を要望することは合理的であるとはいえない」、「特許権者が秘密保持契約の締結を求めることは合理的である」とした一審裁判所の見解と、「さらなる説明や交渉促進のための提案がなかった」、「訴訟段階でも、自身が主張するライセンス料又はその金額以上の担保を適時に裁判所に提出していない」とした二審裁判所の指摘とも、今後、企業が標準特許のライセンスについて交渉する際に留意すべき事項である。

4.2 損害賠償について

1)当事者の主張

西電捷通社は、1元/台の基準でライセンス料を算定し、ライセンス料の3倍で賠償額を算定すると主張した。自社の主張を証明するために、西電捷通社は、当事者以外の者と結んだ特許実施許諾契約4件を裁判所に提出した。その契約ではロイヤリティが1元/台であると約定されている。

ソニー中国社は、上記契約の対象が特許群であり、本件特許が特許群のうちの1つにすぎないため、1元/台のライセンス料基準が不合理であると主張した。ソニー中国社は、Wi-Fiロイヤリティ料率に関する認定を示した米国裁判所の判決を提出するとともに、端末で計算しても、特許毎に計算しても、原告が主張した1元/台のライセンス基準はFRAND原則に適合しないと指摘した。

また、二審において、本件特許を含む西電捷通社とアップル社との特許ライセンス契約において算定された料率が1人民元/端末より遥かに低いことを証明するために、ソニー中国社は、西電捷通社とアップル社との本件特許に係るライセンス契約の伝票文書、公証認証文書及びその翻訳文(秘密保持証拠)を追加の証拠として提出した。

2)裁判所の判断

本件において、原告の損失又は被告の所得について、双方の当事者はいずれも証拠を提出していない。したがって、一審裁判所は本件特許のライセンス料の倍数を参酌して被告の本件特許侵害に係る賠償額を合理的に算定した。具体的には、西電捷通社が提出した当事者以外の者との特許実施許諾契約4件に基づき、ロイヤリティが1元/台であると認定し、このロイヤリティとソニー中国社製スマートフォン製品の数(2,876,391台)との乗算により、ライセンス料が2,876,391元となると算定した。さらに、本件特許が無線LANセキュリティ分野の基本発明であり、技術賞に入賞したものであること、国家標準に組み込まれたこと、及び双方の協議において被告に過ちがあったことなどを勘案した上で、一審裁判所は、「ライセンス料の3倍で賠償額を算定する」とした西電捷通社の主張を認め、賠償額が8,629,173元であると算定した。

二審裁判所は、二審判決において、ソニー中国社が提出した西電捷通社とアップル社との特許ライセンス契約である追加証拠を認め、この証拠に基づいて、「2010年7月8日、西電捷通社とアップル社は、西電捷通社の本件特許を含む特許35件及び特許出願16件に関する特許ライセンス契約を締結し、ライセンス料については、初期費用と、每年の具体的な製品種別に応じる包括費用とを支払うと約定している」ことを明らかにした。にもかかわらず、賠償額の算定について、二審裁判所は「一審裁判所が本件特許のタイプ、侵害行為の性質及び情状、特許ライセンスの性質、範囲、時間等を勘案し、本件特許のライセンス料の倍数を参酌して合理的に算定したソニー中国社の本件特許侵害に係る賠償額は、事実及び法律の根拠がある」と簡単に述べただけで、一審判決の賠償額を認めた。

3)コメント

中国の侵害賠償の基本原則は、特許権者の損失をできるだけ補償するという補償原則である。また、損害賠償の認定は、侵害行為の性質、範囲等と密接に関連し、つまり過ちと罰のバランスを取る。

上述のように、二審裁判所は、ソニー中国社の侵害範囲について、侵害幇助を認めず、すべてのイ号製品の出荷検査において特許方法が実施されるわけではないことを指摘して、一審裁判所とは異なる認定をした。

本件において、一審裁判所は、ソニー中国社がイ号製品を販売する行為は侵害幇助に該当し、出荷検査においてすべて特許方法が実施され、つまり、すべてのソニー中国社製スマートフォンがイ号製品であると認定した上で、イ号製品の数と1元/台のロイヤリティとの乗算で賠償額を算定した。

しかし、北京高裁は二審判決において、ソニー中国社がWAPI機能付き携帯端末を供給する行為は侵害幇助に該当せず、また、現時点の証拠では、直接侵害行為がスマートフォンの設計開発段階において発生したことのみが証明され、ソニー中国社が生産製造、出荷検査段階において本件特許を実施したことは証明できないと認定した。にもかかわらず、北京高裁はソニー中国社製スマートフォンの全数に基づく賠償額の算定を認めた。また、ライセンス料率の採用について、西電捷通社とアップル社との特許ライセンス契約に規定するライセンス料に関しては全くコメントしなかった。このように、二審において認定された侵害範囲が大幅に狭くなり、ライセンス料について参酌できる証拠が多くなったにもかかわらず、最終的に算定された賠償額には変わりはなかった。この点について詳細な説明がなく、一審判決の賠償額をそのまま採用した二審判決は、かなり議論の余地が残っている。
 
後書き

上述のとおり、本件は標準特許、間接侵害、侵害責任の負担等に関わる事件として、広く注目されており、研究の価値がある。二審判決は一審判決を維持するものであるが、多くの法律の適用問題に関して、二審裁判所は一審裁判所と異なる見解を示している。上述のように、いくつかの法律問題についてまだ明確な法律上の根拠がないため、見方が様々である。中国は二審制で、二審判決は確定判決となるが、このような二審判決に対して、ソニー中国社がさらに中国最高裁に再審を申請する可能性は高い。本件の影響の大きさ及び二審判決の釈明不足に鑑み、中国最高裁は本件を再審するか、又は少なくとも再審申請の裁定において自身の見解を詳細に示す可能性は高い。本件の進展を引き続きウォッチングしていくとともに、中国最高裁がより説得的な答えを与えることを期待している。
 
 
 
 
 

[1] URL: http://www.lindapatent.com  E-mail:law@law-wei.com
[2] 陳 濤:中国弁理士 北京魏啓学法律事務所   
[3] 陳 傑:中国弁護士 北京魏啓学法律事務所