中国弁護士 陳 傑
商標権と商号権はいずれも商品や服務の出所を識別するための重要な商業標識である。中国において、権利付与機関が異なる等の原因によって、商標権と商号権が抵触する状況がよく起こっている。実務では、他人の一定の知名度を有する商標権を企業名称における商号として使用するケースが比較的際立っている。本稿では、商号権が先行商標権を侵害する主な形式とその権利侵害の認定要素を紹介し、さらに商標権が他人に商号として使用された際の対応方法とその解決プロセスを紹介するものである。
Ⅰ.商号権による先行商標権の侵害に関する関係法律規定及び侵害形式
1.先行商標権が馳名商標である場合
「最高裁判所の馳名商標保護に係る民事紛争事件の審理おける法律適用の若干問題に関する解釈」第2条には、企業名称と馳名商標が同一又は類似する場合、商標権侵害又は不正競争訴訟を提起できると規定している。
また、「最高裁判所の杭州張小泉ハサミ廠と上海張小泉ハサミ総本店、上海張小泉ハサミ製造有限公司との間の商標権侵害及び不正競争紛争事件における法律適用問題に関する文書」(2003年11月4日[2003]民三他字第1号)第3条においても、「他人が先行登録した馳名商標の文字と同一の文字を企業名称又は名称の部分文字として使用し、当該企業の属する業界(又は経営特徴)には、登録商標の指定商品又は服務と同一又は密接な関連があり、客観的に他人の馳名商標の希釈化を生じさせる可能性があり、商標登録人の合法的な権益を損なう場合、裁判所は当事者の請求に基づき、このような行為を差止るべきである。」と規定している。
2.企業名称において、先行商標と同一又は類似する商号を際立って使用する場合
「最高裁判所の商標民事紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」(以下「解釈」という)の第1条では、他人の登録商標と同一又は類似する文字を企業名称として、同一又は類似する商品に際立って使用し、関係公衆に誤認を生じさせる可能性があるものについては、商標法第52条第5項に規定の他人の登録商標専用権を侵害する行為に属すると規定している。
当該条項が規制しているのは、商品における商号の使用は規範的に使用すべきで、際立って使用してはならないということである。際立った使用とは、主に商品において、企業名称を示す際、商号部分の字体、大きさ、色及び配列が企業名称におけるその他の部分と比べて、より顕著であることをいう。
3.その他
先行商標の知名度が馳名商標と認定するのには十分でなく、後の商号権者も商号について際立って使用しなかった場合、それに対して権利を主張できるか否かという問題は、実務において長きにわたり難点となっていた。
最高裁判所が2005年2月27日に、江蘇省高等裁判所に対して出した返答文書「(2004)民三他字第10号函」の第2条には、「信義則に反し、他人の登録商標における文字と同一又は類似する企業商号を使用して、関連公衆にその商品又は服務の出所を誤認させるのに十分足りる場合、当事者の訴訟上の請求に基づき、民法通則の関連規定及び『不正競争防止法』の第2条第1項と第2項の規定により、不正競争行為に該当するか否かを審理し、行為者の民事責任を追及することができる。」と規定している。つまり、司法実務において、馳名のレベルに達していない先行商標に対する保護について、主に「不正競争防止法」第2条が規定する信義則に基づいて、制限している。
さらに、2013年に公布された第3次改正「商標法」の第58条には、「他人の登録商標、未登録の馳名商標を企業名称の商号として使用し、公衆を誤認させ、不正競争に該当する行為は、『中華人民共和国不正競争防止法』に基づいて処理する。」と規定している。
以上のことから、商標が他人に企業名称における商号として使用され、公衆の誤認・混同を招くことがますます増えるにつれて、立法機関も商標法の観点から、他人が馳名商標を商号として無断で使用してはならないことだけではなく、登録商標又は未登録商標が一定条件を満たす場合、他人が商号として無断に使用してはならないことも明確に規定していることが分かる。
Ⅱ.侵害認定の主な考慮要素
後の商号権が他人の先行登録商標を侵害するか否かを考慮する要素は主に、先行登録商標の知名度、後の商号の使用者の主観的な悪意の状態、企業名称の使用方法、際立った使用である場合、誤認や混同を引き起こしている否か等である。
企業名称の使用方法については、これまでに言及したが、誤認・混同とは、主に関連公衆の商品又は服務の出所に対して誤認を生じさせ易いか否かということで、実務上、裁判官の主観的な認識が商標権の知名度を補う形で認定が行われる。
以下に、主に知名度の問題と主観的な悪意について詳しく紹介する。
1.先行登録商標の知名度
「商標法」第58条及び「解釈」第1条からわかるように、他人の商標を商号として使用したり、他人の商標を商号として商品において際立って使用したりする全ての行為が不正競争行為又は商標権侵害行為であるわけではない。関連行為が公衆の商品の出所に対して誤認や混同を生じさせた場合のみ、不正競争行為又は商標権侵害行為と認定することができる。
また、知名度の高さが誤認・混同を判断するための主な尺度となっている。ある商標がある地域において、とても有名で、当該商標が同一地域において、他人に企業名称の商号として使用された場合、現地の消費者は当該商号の企業が製造した商品は当該商標権者によるものであると誤認し易い。逆に、ある商標があまり知られていない場合、他人に商号として使用されたとしても、消費者は元々当該商標を知らないため、誤認・混同の問題に及ぶことはない。
司法実務において、裁判所が先行商標権が極めて高い知名度を有すると認定した場合、侵害認定される可能性は極めて大きいといえる。したがって、権利侵害紛争において、商標権者が大量の証拠を提出して商標の知名度に関する主張を裏付けることが必要である。裁判所が商標の知名度を認定する際、関連商品の販売時期、販売地域、販売額及び販売対象、宣伝の継続時間、程度及び地域範囲、並びに馳名な商標として保護を受けている状況等の要素を総合的に考慮しなければならない。
2.後の商号権者の主観的な悪意
後の商号権者の主観的な悪意とは、後の商号権者が他人の商標を商号登記したときに、当該商標の存在を知っていたか否か、かつ「ただ乗り」のような不正な目的を有していたか否かということをいう。主観的な悪意を有する場合、「不正競争防止法」第2条の規定に基づき、信義則に反し、不正競争であると認定できる。裁判所が主観的な悪意を判断する際にも、ある程度商標の知名度、商号権者と商標権者が同一業界又は類似業界に属しているか否かを考慮する必要がある。司法実務において、商標権者は企業名称の登録人又は株主が関連商標の存在を知っているか否か又は知っているはずであるか否かということを通じて、商号権者における主観的な悪意の有無を証明できる。
後の商号権者に悪意がなく、かつ、他人の登録商標を使用するのに一定の歴史的背景があり、商標権者が権利行使を怠っている場合、裁判所は後の商号権者に信義則に反する事情がないとして、関連商号の継続使用が許可される可能性がある。ただし、「解釈」第1条の使用方法が存在する場合、消費者の誤認、混同を避けるために、商品における商号使用について規範的に使用するよう命じることもできる。
上海建設路橋機械設備公司が江蘇山宝集団有限公司を訴えた商標及び不正競争紛争事件 において、上海市知的財産裁判所は、「被告が『山宝』を商号として使用したのには歴史的背景がある。被告は原告の販売代理商で、2004年から『江蘇山宝集団有限公司』という企業名称を使用しており、この期間中、当事者双方は頻繁に業務取引を行っていた。原告はこれまでに一度も被告に対して、『山宝』を含む企業名称の使用について異議申立をしたことがなく、継続して被告と業務取引を行っていた。当該企業名称は長期間の経営活動により、被告の商業的信用を体現している。被告が『江蘇山宝集団有限公司』を登録、使用したことは、信義則や公認の商業道徳に反しておらず、不正競争に該当しない。
同時に、被告が『山宝』を商号として使用する前に、原告が破砕機等の商品に登録した『山宝』商標はすでに高い知名度を有していた。被告が経営活動において、『江蘇山宝集団有限公司』等の文字を際立って使用することは、関連公衆の商品の出所に対して誤認を生じさせ易く、原告が登録した商標専用権を侵害している。したがって、被告は企業名称を規範的に使用すべきである。」と判示した。
Ⅲ.権利抵触の処理方法と解決プロセス
「最高裁判所の登録商標、企業名称と先行権利との抵触に係る民事紛争事件に関する若干問題の規定」第4条は、被告企業の名称が商標専用権侵害又は不正競争であると認めた場合、裁判所は原告の訴訟上の請求と事件の具体的な事情に基づいて、被告に使用差止め、規範的な使用等の民事責任を確定することができると規定している。
また、「最高裁判所による『当面の経済情勢における知的財産裁判の大局支持に係る若干問題に関する意見』の通知」法発[2009]23号第10条では、「企業名称の使用により、商標権侵害に該当する場合、事件の具体的な状況に基づいて使用差止めを命じたり、企業名称の使用方法、使用範囲に対して制限を課したりすることができる。」と規定している。企業名称において他人の高い知名度を有する登録商標を不正使用した場合、際立った使用であるか否かにかかわらず、市場における混同を避けがたいので、当事者の請求に基づき、使用差止め又は当該企業名称の変更を命じる判決を下すべきである。
前述したように、際立った使用に対して、規範的な使用を求めることができ、際立った使用であるか否かにかかわらず、市場の混同を避けがたい場合、使用差止め又は当該企業名称の変更を求めるべきである。
後の商号権者が悪意で他人の登録商標を商号として使用する場合、商品における際立った商標使用の行為も伴うことが多く、不正競争に該当すると同時に、先行商標権者の商標専用権を侵害している。では、権利者はいかなる方法を通じて、前述の侵害行為を制止できるのだろうか。弊所の長年の権利保護の経験に基づけば、下記のプロセスを通じて関連紛争を処理できる。
1.警告と交渉
後の商号権者に対して権利侵害の警告を送付すると同時に、交渉してその商号の使用差止めを要求し、かつ変更をする。一部の侵害者は自身の企業名称を登録する際に、権利者の商標の存在を明らかに知っていながら、あわよくばという心理で「ただ乗り」を試み、権利者より権利侵害の警告書を受領した後に、プレッシャーから権利者からの関連要求に同意する。しかし、侵害者の中には比較的に態度が強硬で、自身の企業名称は合法的に登録したものなので、何ら侵害問題も存在しないと頑なに主張する者もいる。このような場合、さらなる権利保護措置を採る必要がある。
2.行政摘発
被疑侵害製品において際立って使用されている商号があり、商標権侵害に該当する場合、行政摘発を採用するのは主に、現場で侵害製品の在庫を押収し、タイムリーに侵害製品の流通を阻止できる効果があるからである。また、権利者は工商行政管理局の力を借りることで、同局が主導して商号権者を説得し、自主的な商号変更を促すことができる。弊所が代理した多くの商号紛争事件において、弊所は権利侵害を証明する十分な証拠や知名度の関連証拠を大量に提出し、かつ弁護士が十分な解釈や説明を行ったことで、工商行政管理局は商標権者の権利行使に積極的に協力してくれ、最終的に現地の工商行政管理局の力を借りて、後の商号権者の商号変更に成功した。
しかし、すべての工商行政管理局が積極的に権利者の商号変更のために、協力してくれるわけではない。特に昨今では、「商標法」の改正に伴い、「馳名商標の認定と保護に関する規定」の関連規定及び「国家工商行政管理局のによる商標と企業名称における若干問題の解決に関する意見」が共に廃止されたことで、工商行政管理局においては、実際に、このような紛争の処理に対する比較的明確な行政規則が不足している。なお、行政摘発で解決できない場合、訴訟をもって対応する必要がある。
3.民事訴訟
商標権者は民事訴訟を直接提起することにより、関連紛争を解決することができる。確かに民事訴訟にかかる時間と費用のコストは比較的に高くつくものの、訴訟による方法を採用することで、商号紛争を確実に処理することができる。権利侵害又は不正競争に該当すると認定された場合、裁判所は後の商号権者に対して、定められた期間内に企業名称の変更手続を行うことを命じることができる。また、権利者は事件の過程において、馳名商標の認定申請を試みることができる。さらに、権利者は損害賠償金を獲得することもできる。例えば、仏山海天公司が高明威極公司を訴えた商標権侵害及び不正競争紛争事件2において、商標権者である仏山海天公司は最終的に655万元の損害賠償を獲得している。