中国弁護士 李琦
北京魏啓学法律事務所
 
知的財産権保護を強化する政策的指導が深まるにつれて、立法面における『商標法』に続いて、『民法典』には知的財産権侵害にかかる懲罰的賠償の一般的な規定が導入され、さらに第4次改正『専利法』にも、特許権侵害の懲罰的賠償にかかる具体的な規定が正式に定められた。すなわち、故意に侵害し、かつ情状が深刻な特許権侵害行為について、懲罰的賠償を適用できることになった。『最高裁判所による知的財産権侵害民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈』では、「故意による侵害」、「情状が深刻」という2つの適用条件について説明し、相応する状況を列挙している。懲罰的賠償の適用条件はすでに明らかになっており、司法実務においても、懲罰的賠償を適用する特許権侵害紛争は徐々に増えている。懲罰的賠償を適用できる案件において、懲罰的賠償額の算定方法も大きな注目を集めている。本文では、最近の司法判例と結びつけて、特許権侵害紛争事件における懲罰的賠償額の具体的な算定要求及び留意点を簡単に紹介する。
 
1.基数の確定

『専利法』第71条第1項、『最高裁判所による知的財産権侵害民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈』第5条、第6条の規定によると、特許権侵害紛争事件において懲罰的賠償額を確定するとき、まず権利者が侵害によって受けた実際の損失又は侵害者が侵害によって得た利益を算定の基数とするが、当該基数には、原告が侵害を制止するために支払った合理的な支出は含まれない。次に当該特許の実施許諾料の倍数を参酌して、懲罰的賠償額の算定基数を合理的に確定する。そして、主観的過失の程度、侵害行為の情状の深刻さの程度などの要素を総合的に考慮した上で、上記方法で算定した金額の1倍以上5倍以下で賠償額を確定する。

上記の法律法規に基づけば、特許権侵害紛争事件において懲罰的賠償額を確定するとき、まず明確な懲罰的賠償の算定基数を確定しなければならないことが明らかであり、すなわち、その基数が明確でない場合、懲罰的賠償を適用できないと考えられる。

 例えば、北京知的財産裁判所が判決を下した(2020)京73民初816号意匠権侵害紛争事件において、「本件において、卡特馬克公司(Cate Maker)は懲罰的賠償を主張しているが、その実際の損失に関する証拠を提出しておらず、提出された証拠は小菜丫公司が侵害によって得た利益の具体的な金額を確定できず、参酌できる特許の実施許諾料もないので、『専利法』第71条第1項に基づいて、意匠権侵害の具体的な金額を確定することで懲罰的賠償を適用するのは難しい」と明確に指摘した。

また、浙江省高等裁判所が判決を下した(2022)浙民終1110号意匠権侵害紛争事件において、「本件において、俊峰公司は博孚公司が権利侵害によって得た利益を基数として、懲罰的賠償の適用を主張している。俊峰公司は一審で係争意匠に係る物品の材料コストのリストを提出したが、当該材料コストのリストは一方的に提出されたものであり、博孚公司がこれを認めなかったため、当該材料コストのリストに記載された材料コストは確認できず、かつ物品の製造、販売について他の必要なコストも含まれているため、本件における博孚公司の侵害によって得た利益は算定できず、本件は侵害によって得た利益を基数として懲罰的賠償を適用して賠償額を算定するのは難しい」と明確に指摘した。

専利法及び上記懲罰的賠償に関する司法解釈の具体的な規定から分かるように、特許権侵害紛争における懲罰的賠償と法定賠償が同時に適用できないことは注目に値する。最新の司法判例の観点も当該観点を裏付けており、例えば、上記2件の判例において、裁判所は懲罰的賠償を適用することが難しいと指摘した上で、賠償額を酌量して決定した。

また、専利法及び懲罰的賠償に関する司法解釈によると、特許権侵害事件における懲罰的賠償の算定方法の選択の第一候補は権利者の損失又は侵害者が得た利益であり、第二候補は特許の実施許諾料の倍数であるが、司法実務において、侵害者が得た利益を基数とするのがより一般的である。侵害者が得た利益は、通常、被疑侵害製品の販売数、単価、利益率、侵害期間、特許の寄与度などの内容を立証することによって達成しなければならず、立証の難しさも大きくなっている。

例えば、最近第一審の勝訴を収めた意匠権侵害紛争事件において、弊所は、意匠権者を代理した。当該事件において、係争侵害製品はB to B分野の製品であり、証拠収集が困難であったため、弊所は被疑侵害者が先行判決の発効後にも侵害行為を続けていることを示す証拠の保全に努め、いろいろなルートで証拠収集したものの、被疑侵害製品の全ての販売数及び確実な利益率などに関する証拠を得ることはできなかった。そこで、関連業種の報告書を立証することによって、被告が製造、販売した被疑侵害製品の類別製品の各年度の年間売上高を証明したり、被告の宣伝情報などによって被告が製造、販売した当該類別製品の品種数を証明したり、国家統計局のデータを立証して当該類別製品の利益率を証明したりすることにより、初歩的に立証でき、被告が侵害によって得た利益を具体的に算定した。それとともに、侵害によって得た利益を確実に算定するため、被疑侵害製品に関する帳簿、資料の開示を被告に命じるように、裁判所に申請した。被告が関連帳簿、資料の提出を拒否したため、裁判所は専利法第71条第4項に基づいて、当方の主張と証拠に基づいて侵害によって得た利益を算定して、当該侵害利益を懲罰的賠償の算定基数とした。
つまり、懲罰的賠償の基数は補填的な賠償額の算定方法及び立証方法と同じであり、懲罰的賠償を適用できる事件において、侵害利益を含む賠償金の算定及び立証に、より一層注意を払わなければならない。
 
2.倍数の确定

法律の規定によると、懲罰的賠償は基数の1倍以上5倍以下である。具体的な倍数は請求人より主張し、裁判所は事件の具体的な状況、すなわち「故意」と「情状が深刻」の程度に基づいて確定する。

例えば、広東省深セン市中等裁判所が判決を下した(2021)粤03民初6065号意匠権侵害紛争事件において、裁判所は「1.係争意匠の知名度と有効期間、2.原告はインターネットにおいて被疑侵害物品が侵害に該当すると何度もクレームを申し立て、両被告は原告が係争知的財産権を有していることを明らかに知りながら、異議申し立てが成立しなかった状況の下、リンクを変えて侵害行為を継続したこと、3.侵害行為の継続期間が3年以上に及んだこと、4.両被告は複数のウェブサイトに多くの店舗を開設し、侵害範囲は比較的広いこと」を総合的に考慮し、懲罰的賠償の倍数を2倍と確定した。弊所が代理した上記事件においても、裁判所が酌量して決定した倍数も2倍であった。
 
3.その他の留意点

(1)懲罰的賠償の起算日、及び区分を分けて算定するかについて。特許権侵害紛争の懲罰的賠償の法的基礎になっている『中華人民共和国民法典』は2021年1月1日から施行され、発効されてまだ間もないが、侵害行為は2021年1月1日前から行われていた可能性が高い。『最高裁判所による「中華人民共和国国民法典」の時間的効力の適用に関する若干規定』法釈〔2020〕15号(以下、「時間的効力司法解釈」という)第1条第3項の規定に「民法典の施行前の法律事実が民法典の施行後まで続く場合、当該法律事実に起因する民事紛争事件について、法律又は司法解釈に別段の定めがない限り、民法典の規定が適用される。」と規定されている。第2条に「民法典の施行前の法律事実に起因する民事紛争事件について、当時の法律、司法解釈に規定がある場合、当時の法律、司法解釈の規定を適用するが、民法典の規定を適用することは民事主体の合法的権利利益の保護、社会・経済秩序の維持、社会主義の中核的価値観の発揚により有利である場合を除く。」と規定されている。第3条に「民法典の施行前の法律事実に起因する民事紛争事件について、当時の法律、司法解釈に定めがなく、民法典に定めがある場合、民法典の定めを適用することができるが、当事者の合法的権利権益を明らかに減損する場合、当事者の法定義務を増加する場合、または当事者の合理的期待から逸脱する場合を除く。」と規定されている。したがって、権利侵害行為が民法典の施行後まで継続した場合、その施行前の権利侵害行為に対しても懲罰的賠償に関する民法典の規定を適用することができる。

(2)懲罰的賠償は原告が請求しなければならず、かつ賠償額、算定方法及び根拠となる事実と理由を明確にしなければならない。例えば(2021)粤73知民初559号発明特許権侵害紛争事件において、原告は訴訟を提起したときに10万元の経済的損失の賠償を主張して、訴訟中に60万元を基数として、5倍の懲罰的賠償の適用を主張したが、賠償額の総額について訴訟請求の10万元を依然として上限とすることを貫いた。これに対して、広州知的財産裁判所は「このように原告の主張する賠償額が算定基数より遥かに低い場合、補填の原則に基づいて法定賠償を適用した補償的な賠償が原告に対する救済を十分に実現できている場合、懲罰的賠償を適用する必要はない」と明確に指摘した。

 以上をまとめると、特許権侵害紛争において、権利者は事件の状況に応じて懲罰的賠償を適切に主張できる。それと同時に、権利者の損失、侵害によって得た利益又は特許の実施許諾料、及び被告の主観的な過失の程度、侵害行為の情状の深刻さの程度などに関する証拠を積極的に立証することに留意することで、懲罰的賠償の基数及びその倍数の考慮すべき要素を効果的に確定することができる。権利者に権利者の損失又は侵害によって得た利益などに相応する救済を獲得させるとともに、悪意及び繰り返しの侵害行為を抑制するため、懲罰的賠償の適用によって、侵害者に受けるべき懲罰を受けさせることができる。