北京魏啓学法律事務所
中国商標弁理士 宗 可麗
中国商標弁理士 宗 可麗
中国『商標法』第9条第1項には、「登録出願に係る商標は、顕著な特徴を有し、容易に識別できなければならない」と規定している。識別力は、商標の基本的機能であり、商標が商標であるための根本的な特徴である。識別力を有するとは、商品又は役務の出所を識別し、区別する役割があることを言う。商標権を保護することは、商標の表示と区別の機能を保護することである。ビジネス活動において、商標を媒介として商品を識別することで、識別のコストを大幅に低減させ、取引の効率を向上させることができる。
『商標法』第11条第1項には、顕著な特徴に欠ける標章が列挙され、規定されている。
1)その商品の単なる普通名称、図形、型番にすぎないもの。
2)商品の品質、主要原材料、機能、用途、重量、数量及びその他の特徴を直接表示するにすぎないもの。
3)その他の識別力を欠くもの。
商標出願登録の審査において、商標の識別力を審査することは必要不可欠である。識別力に対する審査は、絶対的拒絶理由の審査内容の一つとして、優先順位から見れば、通常、先行商標があるか否か(相対的拒絶理由)を審査する前に行われる。商標権侵害事件において、係争商標が強い識別力を有するか否かを判断することは、その他の侵害要件が成立するか否かを更に分析する前提にもなる。そのため、商標の識別力に対する判断は極めて重要である。
実務において、既に業界の普通名称、商品の普通名称などになった標章の識別力の判断には意見が一致する。ただし、新興業界で現れた新しい物事は、一般の社会公衆に広く認識されていない段階では、その標章の識別力の判断は、個人(審査官、裁判官)の心証により大きく左右される。判断が分かれることは稀ではない。また、実務において、ある標章が識別力を有するか否かについて、いつも不変であるわけではなく、社会の発展、経済のモデル、消費者の認識レベルの変化に伴い変わっていく。そのため、識別力の判断は更に複雑で、難しくなる。
本稿は、商標「大姨媽」に係る事件から商標の識別力の判断の複雑性について分析を進めるが、少しでもご参考になれば幸いである。
1.商標「大姨媽」に係る無効宣告事件——審決が6回下された商標
第12358149号商標「大姨媽及び図」は第9類の「コンピューターソフトウェア(記録済)、パソコンソフトウェア(記録済)、コンピュータープログラム(ダウンロードできるソフトウェア」などを指定商品として、2013年4月1日に北京康智楽思網絡科技有限公司(以下、「康智楽思社」という)より出願登録された。
『商標法』第11条第1項には、顕著な特徴に欠ける標章が列挙され、規定されている。
1)その商品の単なる普通名称、図形、型番にすぎないもの。
2)商品の品質、主要原材料、機能、用途、重量、数量及びその他の特徴を直接表示するにすぎないもの。
3)その他の識別力を欠くもの。
商標出願登録の審査において、商標の識別力を審査することは必要不可欠である。識別力に対する審査は、絶対的拒絶理由の審査内容の一つとして、優先順位から見れば、通常、先行商標があるか否か(相対的拒絶理由)を審査する前に行われる。商標権侵害事件において、係争商標が強い識別力を有するか否かを判断することは、その他の侵害要件が成立するか否かを更に分析する前提にもなる。そのため、商標の識別力に対する判断は極めて重要である。
実務において、既に業界の普通名称、商品の普通名称などになった標章の識別力の判断には意見が一致する。ただし、新興業界で現れた新しい物事は、一般の社会公衆に広く認識されていない段階では、その標章の識別力の判断は、個人(審査官、裁判官)の心証により大きく左右される。判断が分かれることは稀ではない。また、実務において、ある標章が識別力を有するか否かについて、いつも不変であるわけではなく、社会の発展、経済のモデル、消費者の認識レベルの変化に伴い変わっていく。そのため、識別力の判断は更に複雑で、難しくなる。
本稿は、商標「大姨媽」に係る事件から商標の識別力の判断の複雑性について分析を進めるが、少しでもご参考になれば幸いである。
1.商標「大姨媽」に係る無効宣告事件——審決が6回下された商標
第12358149号商標「大姨媽及び図」は第9類の「コンピューターソフトウェア(記録済)、パソコンソフトウェア(記録済)、コンピュータープログラム(ダウンロードできるソフトウェア」などを指定商品として、2013年4月1日に北京康智楽思網絡科技有限公司(以下、「康智楽思社」という)より出願登録された。
(商標態様)
中国商標網ウェブサイトの商標詳細情報のファイル履歴によれば、当該商標が初歩査定公告の期限満了直前に、3回異議申立を提起されたことが明らかである。当時の異議申立事件の決定書が一切公開されなかったため、現在、詳細の情報を確認できないが、結果から見れば、すべての異議申立が成立しないと決定された。2016年1月13日に商標局は登録公告(二)を発表し、当該商標は正式に登録された。しかし、3回異議申立が提起され、漸く登録されたものの、当該商標はその悲運な運命に終止符を打つことができなかった。
公開された商標審決から、当該商標が登録後に少なくとも異なる4つの主体から無効宣告を請求されたことが分かる。そのうち、一部の無効宣告事件は審決取消訴訟の一審、二審を経て、再審まで進み、国家知識産権局は再審査する審決を2回下している。つまり、当該商標は合計で6回の無効審判審決が下された。、6回の無効宣告の審決の情報は下表のとおりである。
審決の発行日 | 無効宣告請求人 | 審決結果 |
係争商標が識別力を有するかについての判断「○ 有 X無」 |
発文番号 | 訴訟の段階に入ったか否か | |
1回目 | 2017年8月 | 厦門美柚信息科技有限公司 | 無効とする審決を下した | X | 商評字 [2017]第0000105612号 |
有り 一審、二審、再審 |
2回目 | 2018年12月25日 | 厦門美柚信息科技有限公司 | 有効性を維持した | ○ | 商評字[2017]第0000105612号再審査第0000002615号 | / |
3回目 | 2019年2月19日 | 上海禹容網絡科技有限公司 | 有効性を維持した | ○ | 商評字[2019]第0000039578号 |
有り 一審 |
4回目 | 2019年12月3日 | 薛江 | 有効性を維持した | ○ | 商評字[2019]第0000294993号 | 無し |
5回目 | 2019年12月3日 | 梁金玲 | 有効性を維持した | ○ | 商評字[2019]第0000294996号 | 無し |
6回目 | 2021年2月3日 | 厦門美柚信息科技有限公司 | 無効とする審決を下した | X | 商評字[2017]第0000105612号重審第0000002615号再審査第0000000615号 | 無し |
上記6回の審決結果について、日時から見れば、2回目の無効宣告の審決が下された時、厦門美柚信息科技有限公司(以下、「美柚信息社」という)は二審判決に対し再審の訴訟を提起し、再審の受理通知書を待っているところであった。再審の審理の終了後、国家知識産権局は再審理を行ったうえで、6回目の審決を下した。そのため、1回目、2回目及び6回目の無効宣告事件は実は同一事件である。
上表のように、美柚信息社、上海禹容網絡科技有限公司(以下、「禹容社」という)が請求した無効宣告事件はそれぞれ審決取消訴訟の段階に入った。各審決取消訴訟事件において、商標の識別力に対する裁判所の判断は実に思慮深いものであった。
発文番号 | 審決取消訴訟の一審 | 審決取消訴訟の二審 | 審決取消訴訟の再審 |
商評字 [2017]第0000105612号 審決のポイント: 識別力を欠き、『商標法』第11条第2項、3項違反を無効理由として無効とする旨の審決を下した。 |
(2017)京73行初7871号行政判決書【2018.3.8】 判決のポイント: 係争商標の文字部分は商品の機能、用途等の特徴を直接表してなく、且つ図形と文字の結合商標に属し、識別力を有する。『商標法』第11条第2項、第3項の規定に合致する。 無効宣告の審決が取消された |
(2018)京行終3813号行政判決書【2018.10.8】 判決のポイント: 係争商標の顕著な識別部分である「大姨媽」は商品の内容、特徴などを直接表してなく、且つ図形と文字の結合商標に属し、識別力を有し、商品の出所を識別する役割がある。『商標法』第11条第3項の規定に合致する。 一審判決を維持する判決が下された |
(2019)最高法行再239号【2020.1.3】 判決のポイント: 係争商標の文字部分は中国の文化・伝統に適合せず、公衆の感情及び女性の尊厳を損ない、公序良俗に反し、『商標法』第10条第1項8号の規定に違反する。 一審判決、二審判決が棄却された |
商評字[2019]第0000039578号 審決のポイント: 係争商標は図形と文字の結合商標に属し、識別力を有し、商品の出所を識別する役割があり、『商標法』第11条第1項の規定に合致し、その有効性を維持する旨の審決が下された。 |
(2019)京73行初4136号行政判決書【2019.11.27】 判決のポイント: 係争商標の文字部分は商品の内容、特徴などを直接表してなく、識別力を有する。無効宣告の審決を維持する旨の判決が下された。 |
—— | —— |
上表のように、同一の商標に係る複数の無効宣告事件、審決取消訴訟事件において、商標の標章が識別力を有するか否かという争点について、国家知識産権局(商標審判委員会を含む)、北京知識産権法院、北京市高級人民法院の判断はそれぞれ異なっていた。
事件の争点は、1.係争商標の文字部分である「大姨媽」が第9類のソフトウェア商品を指定商品として使用される場合、識別力があるか否か、2.係争商標の図形部分が商標全体の識別力を強化させたか否か、という2点にある。
周知のように、中国語において、「大姨媽」は親戚関係を表す言葉であり、母方の一番上の姉のことを言う。しかし、現在の社会生活、特にここ十数年の社会生活において、この用語は女性の生理のことを言うようになっている。そのため、この用語を第9類のコンピューターソフトウェアなどを指定商品として使用する場合、指定商品の機能、用途、内容、特徴などを直接表していると言ってよいのだろうか。
国家知識産権局が下した6回の無効宣告の審決のうち、1回目の審決において、係争商標の主要な識別部分である「大姨媽」は、ただ単に指定商品の内容及び特徴が女性の生理期に関連性があることを、表わしていて、消費者に商標として容易に識別されず、商品の出所を識別する役割がなく、商標の持つべき顕著な特徴に欠け、商標における図形部分が商標の識別力を有効に強化できず、全体として識別力を有しないと判断された。
1回目の無効宣告事件に係る審決取消訴訟の一審、二審において、両裁判所はいずれも、「大姨媽」が女性の生理期のことを言う意味を持っていることを認めたが、第9類のコンピューターソフトウェアなどの指定商品との関連性は低く、関連公衆の通常の認識によれば、「大姨媽」が商品の機能、用途、内容、特徴などを直接表しておらず、識別力を有すると判断した。且つ、「係争商標に叙述的な文字が含まれているからといって、係争商標が全体として識別力を欠くものであると認定してはならない。」、「たとえ『大姨媽』という文字を係争商品に使用し、商品の機能、用途などを表していても、係争商標が全体として『商標法』第11条に規定している状況に該当すると容易に認定してはならない。……係争商標の図形部分が漫画の女の子の顔画像で構成され、この図形を指定商品に使用する場合、識別力を有する。[1]」更に係争商標が全体として顕著な特徴を有するという結論に至った。3回目の無効宣告事件に係る審決取消訴訟の一審において、北京知識産権法院は同じ観点を示した。
2回目、3回目、4回目、5回目の無効宣告事件の審決が下された時が上記審決取消訴訟の一審、二審より遅いことから、国家知識産権局が審決取消訴訟の判決内容に基づき、裁判所の判決に一致するように改めて審決を下したことが明らかである。
一方、再審において、最高人民法院は一審、二審裁判所とは異なる論理を採用し、係争商標が『商標法』第10条第1項8号に規定している道徳風習を害するものに該当するという美柚信息社の主張に基づき、係争商標の識別力に対し、直接評価することなく、「大姨媽」が中国の伝統文化に適合せず、公衆と女性の尊厳を損ない、公序良俗に反し、社会主義の道徳風習を害するか、又はその他の悪影響を及ぼす標章 [2]に該当し、『商標法』第10条1項8号の規定に違反すると認定した。商標自体に識別力があるかどうかについて、最審決において、「当該商標の文字部分の観念が消費者に商標として認識されにくい。自他商品・役務の出所表示の機能が発揮できない。」と判断されている。これは国家知識産権局の1回目の審決の判断を間接的に支持している。
この商標自身が「公衆と女性の尊厳を侵害するもの」と見なされるか否かについて、筆者はまだ議論する余地があると考えている。日常生活において、「大姨媽」という用語は確かに広く使用されており、女性も含む多くの人は恐らく女性の尊厳を侵害するという視点ではなく、親しく、ユーモアのある気持ちによって、この用語が生理期のことを言うようになったと思われる。
更に注意すべきなのは、国家知識産権局は最高人民法院の判決に基づき再審理を行う際に、最高人民法院が再審において採用した法的根拠(『商標法』第10条第1項8号)をそのまま引用することではなく、「商標の主要な識別部分『大姨媽』を指定商品に使用する場合、消費者に商標として容易に識別されず、商品の出所を識別する役割がなく、商標の持つべき顕著な特徴を欠く」[3]、『商標法』第11条第1項3号違反を無効理由として、係争商標の登録を無効とする旨の審決を下した。
2021年7月20日、国家知識産権局は6回目の無効宣告の審決に基づき、第1752期商標公告において当該商標の登録を無効にする公告を公表し、商標の権利付与、権利確定事件における識別力の判断に関する係争に終止符を打った。
2.商標「大姨媽及び図」に係る商標権侵害民事紛争事件
第12358149号商標「大姨媽及び図」が識別力を有するか否かについて、商標の権利付与、権利確定に係る審決取消訴訟事件において、当事者双方が異なる主張で激しく争うと同時に、関連する権利侵害民事紛争事件も猛烈な勢いで進んでいる。
長年にわたる商標無効宣告事件の裏では、係争登録商標の権利者である康智楽思社が打ち出したアプリ「大姨媽」と、無効宣告の請求人である美柚信息社が所有するアプリ「美柚」とが、市場シェア争奪のために激しく争っている。
2012年にサービスをスタートさせた「大姨媽」は女性の生理期の健康を中心に、女性の健康に注目し、生理期の記録、予測などを機能としている生理期に関するスマートトラッカーである。安定した数多くのユーザーを獲得した後、「大姨媽」は更にサプライチェーンの上流を目指し、妊娠準備、婦人科疾患などの面における核心的ニーズをめぐって、差異化、個性化した手段を提供しはじめ、更に2015年に女性用品の販売を開始し、2018年には自社ブランドの製品を発売した。
「美柚」も女性の生理期管理から始まり、最初は生理期を記録するアプリであったが、ユーザーがこのアプリをダウンロードして、自身のデータを管理することによって、生理期に関する情報を入手することができる。多くのユーザーを獲得した後、「美柚」は電子商と連携し、女性のスキンケア、化粧品、女性用健康食品などの女性用品を販売しはじめた。康智楽思社と美柚信息社の両社の商品は同一化しているので、競合が激しくなっている。
第12358149号商標「大姨媽及び図」に対し、無効宣告を請求したもう一つの会社である禹容社傘下の「優談大姨媽」も同じタイプのアプリである。
ネット報道によれば、アプリ「大姨媽」は商標「大姨媽」がまだ登録されていなかった2014年に、禹容社に弁護士書簡を送って、商標権侵害を理由として、アプリ「優談大姨媽」の削除を第三者提供元のアップルストアとWandoujia(「豌豆荚」、アンドロイドアプリマーケット)に要請したことがある。アップルストアから削除された3ヶ月間に、「優談大姨媽」はアップルストアで保有していた10万件以上の総合評価を失った。この背景において、商標「大姨媽」は初歩査定公告後に複数の異議申立人に異議申立を提起された。
商標「大姨媽及び図」が登録された後、康智楽思社は、2016年8月6日に商標権侵害を理由として、自社最大の競合相手である美柚信息社傘下の「美柚」を含む複数アプリに対し、アップルストアにクレームを提出して、これらのアプリの削除を要請した。2017年7月、康智楽思社は、第三者のアプリ提供先に正式な弁護士書簡を送付し、自社の商標権を侵害したすべてのアプリの削除を要請し、「大姨媽圏」、「大姨媽出行指南」、「柚子呵護大姨媽」などのアプリの削除を実現した。
2017年、康智楽思社は、禹容社傘下の「優談大姨媽」というアプリ名称に自社の商標権の文字部分である「大姨媽」が含まれるので、商標権侵害に該当するとして、禹容社がアプリ「優談大姨媽」を運営する行為に対し、民事訴訟を提起した。一審裁判所は、康智楽思社の登録商標が図形と文字の結合商標に属し、禹容社傘下の「優談大姨媽」は係争商標の文字部分のみを使用し、且つ文字部分である「大姨媽」という用語自身が女性の生理期という意味を持ち、社会習慣として広く使われており、この用語を女性の生理期を管理するスマートフォンのアプリに使用するのは、ソフトウェアの機能と用途を説明するためであり、叙述的な正当な使用である[4]と認定し、2017年11月26日に康智楽思社の訴訟請求を棄却する判決を言い渡した。
日時から見れば、上記一審判決が言い渡された時、ちょうど第12358149号商標に係る1回目の無効宣告審決取消訴訟の一審審理が行われており、1回目の無効宣告審決において、当該商標は顕著な特徴に欠けるものに該当すると認定された。上記判決内容は当時の無効審決の内容と一致している。
康智楽思社は一審判決を不服として、北京知識産権法院に二審を提起した。二審審理が行われていた時、第12358149号商標の1回目の無効宣告審決取消訴訟事件の一審裁判所(北京知識産権法院)は、当該商標が識別力を有することを認定する判決書を既に言い渡していた。2018年8月27日、二審裁判所は、まず審決取消訴訟事件の一審判決内容に基づき、「大姨媽」という用語がコンピューターソフトウェアなどを指定商品として使用する場合、識別力があると認定し、更に禹容社が康智楽思社の同業界における競合会社として、スマートフォンのソフトウェアに康智楽思社の登録商標の顕著な識別部分である文字「大姨媽」と同様の標章を大量に際立って使用する行為は、消費者の混同誤認をさせやすいため、商標権侵害に該当すると認定した。また、二審裁判所は、康智楽思社のアプリの知名度、禹容社の主観的悪意などを総合的に考慮し、禹容社に対して、文字「大姨媽」を含むモバイルクライアント(コンピューター)ソフトウェア名称を使用する侵害行為の即時差止め、及び損害賠償額200万元の支払いを命じる判決を言い渡した[5]。
その後、禹容社は北京市高級人民法院に再審を提起した。北京市高級人民法院は、他人の登録商標「大姨媽」を知っているにも関わらず、意識的にソフトウェアの名称において文字「大姨媽」を直接際立って使用する禹容社の行為は、文字「大姨媽」が従来示す意味として使用する範囲を超え、他人の登録商標を際立って使用する行為に該当し、混同誤認をさせやすいため、商標権侵害に該当する[6]という二審判決を維持する旨の再審判決を言い渡し、禹容社の再審請求を棄却した。再審判決が言い渡されたのは2018年12月10日であり、ちょうど第12358149号商標の1回目の無効宣告審決取消訴訟の二審判決(二審裁判所:北京市高級人民法院、判決結果:係争商標は識別力を有する)が言い渡された2ヶ月後であった。
また、最高人民法院の審決取消訴訟の再審判決が言い渡された後、国家知識産権局は6回目の無効審決を下し、商標無効公告を掲載し、第12358149号商標の登録は最終的に無効とされた。それに伴い、上記民事紛争事件の判決を引き続き執行する法的基礎もなくなった。禹容社が検察院に再審の申立を行った後、北京知識産権法院は検察院による抗訴を受け、2021年6月に、本民事紛争事件を再審することにし、且つ再審期間中、原二審判決の執行を中断するという裁定を下した[7]。現在、当該再審事件はまだ審理中である。
これによって、女性の生理期アプリ業界における長年にわたる商標をめぐる争いに漸く終止符が打たれた。商標の識別力に関する争いの裏には砲煙もうもうたる戦場よりも激しいビジネス戦であり、複数の企業、融資機構及び数多くの社員、従業スタッフの運命を左右していると言える。
「大姨媽」事件は決着が付いたが、当該商標の識別力に対する判断は、計6件の無効宣告審決、4件の審決取消訴訟事件及び3件の民事訴訟事件に係り、13の合議体と合議廷、39名の審査官と裁判官に及び、その判断もそれぞれ異なっていた。事件の状況は複雑だと思われるが、詳しく吟味すれば、その脈絡を大抵見出すことができると思われる。
国家知識産権局が下した6回目の無効審決と1回目の無効審決とは結果がほぼ同じであり、当該標章の主要な識別部分は指定商品の内容、機能などを直接表しているため、商標が全体として顕著な特徴に欠けるものに該当すると認定された。裁判所の判決に基づき、国家知識産権局の認定は途中で数回変更されたが、最高人民法院の審決取消訴訟の再審判決において、国家知識産権局の審決が支持された。
最高人民法院の再審判決において、当該標章は悪影響を及ぼすものに該当すると認定された。もし国家知識産権局が再審判決をそのまま採用し、『商標法』第10条第1項8号に基づき商標の無効宣告をする審決を下した場合、当該標章は第10条第1項に規定の「商標として使用してはならない」標章に該当し、ビジネスマークとして正常に使用することができなくなる。国家知識産権局は最終的に、『商標法』第11条を適用したが、間違いなく業界内における複数の企業の使用状況及び一般消費者の識別能力などの客観的状況を考慮し、「大姨媽」を「業界の公共資源」に分類したからである。これによって、全ての市場主体が合法的に「大姨媽」を使用して宣伝できるようになった。この認定は実に合理的である言える。
一方、審決取消訴訟事件の一審裁判所と二審裁判所は図形と文字の結合商標が全体として識別力を有すると認定した。
民事訴訟事件において、各裁判所は事件を審理する当時の最新の無効審決又は審決取消訴訟判決の結果に基づき、係争商標が識別力を有するか否かを判断したうえで、商標権侵害に該当するか否かというさらなる分析を行った。
商標の本質から見れば、スマートフォンアプリの開発企業として、名称「大姨媽」である女性の生理期のスマートトラッカーを市場に打ち出す目的は、間違いなくこの名称が意味している情報を通じ、消費者にソフトウェアの機能、用途を速やかに識別してもらい、読みやすく覚えやすい商標を利用して宣伝のコストを節約することにある。しかし、社会的認知の絶えない変化に伴い、多くの消費者は「大姨媽」がほぼ女性の生理期のことを言うと認識するようになり、インターネットにて「大姨媽」をキーワードで検索してみたら、「生理期管理アプリ、お薦めの『大姨媽』8選」のような結果が出た場合、消費者は逆に多くの精力、コストを使い、どの「大姨媽」が一番良いかを選別しなければならなく、生理期管理アプリに「大姨媽」を名付けた最初の企業の初心から乖離してしまう。
ワイン業界で大きな注目を集めた「解百納」事件からスマートフォンアプリ業界の「大姨媽」事件までの商標の識別力に係る紛争は、何れも多主体に及ぶ長年にわたる事件であり、時間と費用のコストが高く、最終的に共倒れという結果になってしまった。今後、今回のような紛争事件が再度発生した場合でも、商標の識別力に関する争論も続くものと思われる。
以上に鑑み、商標保護、紛争回避、リスク防止の視点から見れば、筆者は下記3点をアドバイスしたいと思う。
1)指定商品又は役務と関連性が低く、強い識別力を有する標章を商標にすることを提案する。その場合、商標が登録となる確率が高くなり、登録になった後の権利もより安定的で、強い保護を獲得できる。
2)商品の機能、特徴を説明する際、キーワードに対して事前の商標調査を行い、関連用語がすでに他人の登録商標として使用されているかを確認することを提案する。すでに登録商標になっている場合、同様な使用をできるだけ回避すべきである。どうしても回避できない場合、関連用語を際立って使用せずに、「叙述的な使用」という範囲内で安全に使用することを確保することが必要がある。
3)重要な事件、特に行政事件と民事事件に係わっている場合、法的救済手段を積極的に活用し、途中で放棄せずに事件を最後まで対応することを提案する。情勢を逆転できる可能性も考えられる。
[1] (2018)京行終3813号行政判決書
[2] (2019)最高法行再239号行政判決書
[3] 商評字[2017]第0000105612号重審第0000002615号重審第0000000615号商標無効宣告請求裁定書
[4] (2017)京0105民初252号一審民事判決書
[5] (2018)京73民終1001号二審民事判決書
[6] (2018)京民申4684号再審民事裁定書
[7] (2021)京73民監督1号再審民事裁定書